時の雫・風そよぐ青空の下で

静かな夜 2/2


 レジを済ませ、買い物袋を手に持った二人は店を出る。
仄かに浮かぶ圭史の微笑み。
それのちょっと前を歩く美音は、何か思考を巡らせている顔をしている。暫くして、それが消え、片手に持っていた買い物袋を両手で持つと、意を決したような顔をして口を開いた。
「真音、可愛いでしょ。私妹の事可愛いと思ってるけど、でも、それとは別で男の人は実際ああいう子の方がいいんだよね」
その台詞が耳に届いてきた瞬間、圭史の頭にはすぐ言葉が浮かばなかった。
思わず、数瞬足をぴたっと止めてしまった。すぐ、何もなかったように足を動かしたが。
それよりも脳みそが考えに動いていたと言った方が良いだろう。
「俺ントコの兄弟も個性バラバラだけどね。えーと、真音ちゃん、の魅力と美音のとは別だし、俺が選んだのは姉の方なんだけど」
その途端、美音の動きがぎこちなくなったのを見た。
けれど、圭史は尚の事言葉を紡ぐ。
「分かってもらってます?」
「わ、分かっております」
そう言った美音は俯いている。髪の間から見える耳が赤い事に圭史はちゃんと気付いていた。
 そんな風に一緒に歩く時間さえ幸せだと圭史は思う。


「谷折くーん、食後のデザートも買って来たよー」
リビングに場所を移動し、3人はゲームをしている。
台所から声を放ったのは美音。
すると、谷折は嬉しそうな顔をしてすぐにやって来た。
「何々?何買ってきたの?」
「ケーキ屋さんのケーキ」
「今食べるやつはないのー?」
ニコニコ笑顔でそんな事を言う谷折に圭史は冷たい視線を向ける。
「そう言うと思って、ワッフルサンド買って来たよ。はい、どーぞ」
「おー。いただきまーす」
「って、おい、向こうにも分けろよ」
「あいあいさー」
機嫌よく貴洋の所へ行き分け与えると再び台所に戻ってきた谷折。
「はい、二人の分」
美音は買ってきた物を仕舞っている。それに付き添う形でいる訳だが、差し出されたそれを見て、圭史は動きを止めた。
「……いい。やるよ、好きだろ」
どことなく低い声になっている圭史の台詞。
それに谷折は言う。
「え?美味しいよ、なんで?」
「いや、別に腹減ってないし」
「えー?別腹でしょー?」
「……。」
圭史は口を噤み、じっとどこか厳しい目線を向けるだけ。
それに「え?」と思わずたじろぐ谷折に、横から美音がやって来て、自分の分を手に取ると笑顔で言った。
「瀧野くんね、基本的に甘い物は好きじゃないんだよ」
それに一番驚いたのは谷折ではなく、圭史だった。
「……え?知って……?」
動揺の色を見せる圭史に、谷折も不可解そうな表情を浮かべる。
「でも、一緒にいる時普通に食べてたよー?ドーナツだって……」
そう言えば、甘くないのを選んで食べていたような気がする。次から次へと食べる谷折に嫌そうな顔もしていた……。
「え?でも、生徒会室で春日さんの持って来たおやつ食べてたし……」
「私のは甘さ抑え目だからねー。手作りのお菓子って、本の通り作ると凄い砂糖が多くていつも加減してるから」
「へぇええ〜。今初めて知った事実……」
感嘆の息を吐いて言う谷折。圭史も驚きの色を隠せなかった。

 ― でも、こいつだったら、例え死ぬほど甘くても春日さんの作った物なら絶対食べるような気がするけど…… ―

そんな事を思った谷折は、じっと圭史に目を向ける。
それに嫌な何かを感じた圭史は無言で「なんだよ」という威圧的な視線を返した。
はっと身の危険を感じた谷折は何事もなかったように言う。
「じゃあ、もう1つ頂きます」
ぺこり。と軽くお辞儀をして谷折はリビングへと行ってしまった。
 残された圭史は何を言っていいものか分からず、沈黙したままそっと美音に目を向けた。
美音は何も気にした様子は見せず、晩御飯の準備に取り掛かろうとしている。

 ― いつから、知ってたんだろう……? ―

疑問に思ったそれを口に出せないまま、圭史は考えに耽った。


 美音がその場所を離れている時、圭史の所にやって来た貴洋が事も無げに言った。
「このまま泊まっていけよ?」
「は?」
突然の台詞に思わず眉を寄せてそう口にした圭史。
「あいつらは、このままうちに泊まっていくからさ。女の子二人だけで家にいるのは何かと物騒だからって親からのお達しでな」
「……」
無言で仏頂面になる圭史だ。
お互いが性別を感じているような間柄ではないとは言え、許せないものが湧いて来る。
たとえお互いの親がそれはないとわかっていても。
だからと言って、素直に「うん」とは言えない気持ちがある。
「それとも?獲って喰われてもいーとか?」
にやり、と意地悪い笑みを浮かべて言った貴洋。
それが冗談なのだと分かっていても、かちん。と心の中に怒りが奔る。
「お前……」
「じょーだんじょーだん。あいつじゃ食指も動かないよ」
「……。人で遊んでンなよ」
「だって、瀧野の余裕ない顔が面白いんだもん。滅多に見られないよな」
そうだろう?とでも言うように眉を上げて貴洋は言った。
それに脱力する圭史は、目を伏せた後に口を開く。
「……おい、それを人で遊んでるっつーんだよ」
「はは。お前の余裕のない顔なんて、滅多に見られるもんじゃないからなー。辻谷だって驚くんじゃね?」
「……はぁ。やめてくれよ、そんな話」
「まぁ、夜からボーリングに行きたいと真音が言ってるから。みお坊は行かないと言うだろうし。だから、あとよろしく」
ふ……、と笑みを浮かべると、貴洋は真音の元へと戻っていった。
そして、一人残された圭史はぼそっと言葉を吐いた。
「……まるでいじめだよ……」
夜に好きな子と同じ屋根の下。
まさに拷問。
「あれ?どったの?変な顔をして」
何も知らない谷折は、その場所にやって来ていつもの調子でそう声をかけた。
 微かに、嫌そうに目を向けた圭史。
谷折は何も分かっていない顔できょとんとしている。
「……このお邪魔虫」
「え……?!」
圭史の低い小さな声に、谷折は顔を歪ませた。
「……。今日泊まって行けってよ。どーする?」
半ば自棄になった様子が見受けられる圭史に、少々躊躇いながら答える谷折。
「いや、俺はいーけど。どっちみち宿無しで文句言えない立場なので」
その台詞を聞いて、圭史は冷静さを取り戻したようだった。
落ち着かせるように小さく息を吐くと、頭を軽くかきながら口を開く。
「じゃあ着替えとか取りに行くか。……あ」
言っておきながら、頭に美音の顔が浮かんだ。
一番大事にしている人の意見を聞いていない。
今日騙されるような形でここで会った訳だが、素知らぬ顔で夜居れば又自分だけ知らなかったと再び機嫌を損ねてしまうかもしれない。
「一番、聞かないといけない人に訊いてくる」
そう言って圭史はすぐ美音の所に行った。
 貴洋の部屋を開けると一人雑誌を捲っていた。
「あの、戸山に泊まって行けって言われたんだけど」
そう言った途端、顔を向けていた美音の顔がぱっと笑顔になった。
「泊まるの?ほんと?」
「…………うん」
やっとの思いで出した言葉。
 その笑顔を見た瞬間、圭史の体から一切の力が抜けて膝をつきそうになった。
寸でのところで押し止めたのだが。
まるで不意打ちのような美音の笑顔に、やりきれない思いが圭史の中でのた打ち回っているようだった。

 着替えを取りに家に向かう中、自転車を谷折に漕がせ後ろに立ち、体を乗せる様に谷折の肩から背中の間に乗せた両腕に顔をうつ伏した。
「?」
「……やり切れねー、俺……」
「??」
一人苦しむように呟かれた言葉に疑問を抱きながらも、あまりに恐ろしさを感じて問う事は出来なかった谷折だった……。

 荷物を持ち、再び戸山家に入ると、リビングには誰もいない。
谷折は見たいテレビがあると一人リビングに行った。
圭史は荷物を持って貴洋の部屋へと上がる。
 扉を開けて部屋の中を見れば、貴洋は机に向かって雑誌を見ている。
すぐ視界に入ってこない美音はというと、貴洋のベッドに寝そべって雑誌を見ている。
見るからに風呂に入った後で髪は乾いている。スポーツブランドのハーフパンツに上は先程と変わらないニットパーカー。
「……」
自然とキツイ眼差しになる圭史。
「あれ?もう一人は?」
貴洋の問に普通に答える圭史。
「下でテレビ見てる」
「ふーん。真音が風呂入ってるから下行っとくか」
読んでいた雑誌を無造作に机上に置き貴洋は下りて行った。
二人きりになった部屋で、圭史は重そうに口を開いた。
「いつもそんな?」
「え?何が?」
雑誌から目を離し圭史に顔を向けた美音は、体を起こし座る。
「……あー、えと、戸山と二人でもそんな風に?」
「そーだよ?だって相手タカだよ?」
「……」
美音の言っている事は十分よく分かる。貴洋も美音も、お互いの事をこれっぽちも意識してないという事も分かる。
だけど、圭史の心はそれだけでは納得しないものがある。
多分、他に何かを言ったとしても、意見は平行線に終わるだろう。それどころか、最悪なムードになる可能性の方が高い。
 圭史は荷物を部屋の隅に下ろすとそのまま美音が座っているベッドに向かう。不思議そうな顔をしている美音の左手を自分の左手で握り、横の場所に顔をうつ伏せる様に額をベッドに乗せ腰を下ろした。
「はー」
感じる彼女の熱い手。

一瞬にして緊張を身に纏いどぎまぎしながら美音は圭史の頭を見つめている。

「頭では分かろうとするんだけど、でもやっぱり、……妬くなぁ俺」
「……っ」
ピクリと動いた美音の手を、尚きゅっと握り、顔を上げ微かに笑みを浮かべ、まだ余裕が見える顔で美音を見た。
忽ち赤くなっている顔を見るだけで反応に困っているのが分かる。
でも、それは悪い意味ではなくて。
圭史はふっと笑みを浮かべると言葉を紡ぐ。
「ごめん、気にしないで」
圭史はちゃんと分かっている。
一度口にした言葉は取り消せない事を。余裕の無い自分を見せれば、彼女は自分自身を責めるだろうから。
でも言わずにはいられなかった。今日たて続けに起こった事象にいつもの自分を見失いそうになっているから。
それでもどうにか、まだ余裕のある自分を見せて。

 それに、あたふたする美音を見るのは楽しいから。


「おかわりくだっさーい」
相変わらずの人懐こそうな口調で言った谷折のそれを真音が受け取った。
にこり。と真音が笑顔を見せて台所へと行く。
真音には不思議と人を惹き付ける何かがあるようで、自然と漂っている可愛さに男なら流されてしまうのか、無意識に谷折はぼーっと目で追っていた。
 その隣で平然とご飯を口に運んでいる圭史。
茶碗が空になったのを見て美音は言う。
「瀧野くん、おかわりは?」
「あ、お願い」
「はい」
その場を立ち茶碗を受け取って台所へと向かっていった。
「真音―、これもよそってー」
「はーい」
「しかし、春日姉妹揃うと華やかだね〜」
感心したように口にする谷折に圭史は答える。
「……そうだな」
そんな圭史を隣に見て谷折は心の中で思う。

 ― ……こいつって、ホント春日さん以外目に入ってないんだな…… ―

ご飯を持った茶碗を二つ持ってきたのは真音だった。
その後方から声が飛んできた。
「真音―、左手のが圭史君のねー」
「はーい」
テーブルに戻ってきた真音は左手に持った方を先に差し出した。
「はいどーぞ、圭史さん」
「ありがと」
至って平生どおりの圭史の様子に谷折は半ば感心していた。
つい一瞬、美音の「圭史くん」という声にぴくりと反応していたのに。
 右手に持った茶碗を谷折に渡したところで真音は笑顔で口を開く。
「お姉ちゃんって、学校ではどんな感じなんですか?」
「えー、学校で?」
突然のそれに微かに言葉に困りながら谷折は目を向ける。
真音は変わらず笑顔で言う。
「はい」
「……学校で。えーと、いつもきびきびしていて凛としている姿にそこらの男共は憧れていて、春日さんが通った後はその男共の屍が山積みのようになって、それを同じ生徒会のヤツが箒で叩き落とすという」
「ぶっ」
思わずふいてしまった圭史。
「んー、お姉ちゃんって全然色恋沙汰に興味なさそうな顔してるし、他人には結構冷たいところあるからなぁ。学校ではその辺どうですか?」
「いやー、冷たいというより凛として厳しいだけだよ、美音ちゃんは。生徒会離れたらそうでもないしね」
そう答えて谷折は隣から向けられているどす黒い視線に気がついた。
「え、ええ、普段は笑顔を良く見せる可愛い人よ、春日さんは」
目を圭史と反対の方向に向け、必死にそう言い足し名前を言い直した谷折だった。
「へー」
恐る恐る目を向けると、黙々とご飯を食べている圭史の姿に内心胸を撫で下ろした谷折。
「あと、お姉ちゃんって、今誰か付き合ってる人とかいるとかいう話ありますー?」
「ごほっ」
ご飯を喉に詰まらせた圭史。
それに苦笑した谷折は貴洋に目を向けた。
彼は素知らぬ顔をしている。真音を見れば、本当に知らないと言う顔だ。
「さ、さあ?いつも春日さんは噂が一人歩きしているから。俺も詳しくは……」
「そーなんですか。残念」
真音がそう言ったところで暫しの沈黙が訪れた。
男3人とも無言ですき焼きをつついている。
 お茶を人数分持って戻ってきてみれば、何か奇妙な空気に気付いた美音は言った。
「あれ?どーしたの?」
「…………」
誰も何も答えられない一コマに美音はただ首をかしげた。


 夜の9時過ぎ、谷折は疲れたといってさっさと布団に入り寝の体勢に入った。
圭史は1階の客間、美音がいる部屋に向かっていた。
玄関では、出かける準備万端の真音が貴洋を待っている。
そこを通り客間に行けば、戸の所で貴洋が中にいる美音に話しかけているところだった。
「真音がボーリング行きたいって言うから行くけど、行くか?」
「えー?しんどいから行かないよ。あ、瀧野くん行く?」
貴洋の後ろに来た圭史の気がついてそう言葉を続けた美音。
顔だけを振り向けた貴洋に気付きながら、圭史は答える。
「俺も別に。谷折はもう布団に入っちゃったし」
それを聞いて美音は貴洋に向けて言う。
「だって。だから行って来て」
「はいよ」
そう返事をした貴洋は、圭史に体を向けると笑みを浮かべた顔で口にする。
「じゃあ後よろしく」
「……」
無言のままで返事を聞く前に貴洋は玄関に居る真音の所へと行ってしまった。
 どうも今日は猜疑心からか、貴洋の笑みが鼻につく。
だが、圭史の中の理性が働く。そして頭に不意に浮かんだ考え。
一人で残ると言う美音を任せる為に最初から?いや、それはおまけだろう。
そう自分の中で打ち消して美音に目を向けた。

「中入ってい?」
圭史がそう言うと、寝転がったままの美音は笑顔を向けて答えた。
「いいよ」
その部屋には布団が二組敷いてある。そのうちの美音が寝転がっている方の布団の端に腰を下ろして前方に足を伸ばし足首を交差させた。
それでも美音はテレビを眺めている。
「戸山って、妹さんの事すごい特別だったりする?」
「うーん、タカは真音の事可愛がってるよ。私から見ても、可愛いと思ってるんだなーって分かるくらいに」
「それって昔から?」
「うーん、どうだったかなー?真音がタカに懐いてるのは昔からだけど。どっちがキョウダイだか分からないくらい」
「へー」
「今の二人に、それが異性としての特別な意味があるのか分からないけど。でも、相手がタカなら今の所安心だし」
「……。あいつってそんなに人畜無害?」
「うん。だから中学の時でもからかわれたりしたけど、私にはその理由が分からない」
「ふーん、そっか……」
「……」
奇妙な空気が発せられながら、沈黙が漂った。
圭史がそれを疑問に感じていると、美音は体勢を変える事無く俯いたまま言葉を口にした。
「……私にはそうでも、……それでも、気にさせちゃうのかな……?」
圭史の目が大きくなった。
 口にした事自分よりも彼女の方が気にしていた。
美音のたったそれだけの反応で、今まで自分が抱いた事などどうでも良いようなものに思えてくる。
彼女を恋焦がれる為に、彼女に関わる事象に醜い感情をどうしても抱いてしまう。
本当は、そういう事はとってもちっぽけでつまらない事だと分かっているのに。
それでも、どうしても心はいう事をきかない。それと同時に彼女への独占欲が醜い固まりとなって噴き出しそうになる。
それは優先させていいものじゃない。頭では分かっているけど。
 美音の話を聞いたからといって、気持ちが分かったからといって、これからは大丈夫、という訳にはいかないけど、それでも、と圭史は言葉を紡ぐ。
「……信じるし、信じられるよ。ごめん、気にさせて」
すると、肩から力が抜けたように顔を布団の上にうつ伏させた美音は、それから圭史に顔を向けた。それはいろんな表情が浮かんだ笑みだった。
どこか嬉しそうで、何かに思いを馳せた様な、その笑み。どこか大人っぽくて普段では見られない表情に、少しでも気を抜いてしまえば全てを吸い込まれていきそうな、そんな錯覚さえ起こしてしまいそうだった。
「……」
どうにか我に返り笑みを返すと目を伏せた。

 ― うわー、今危なかった……。あ、心臓バクバク言ってら ―

もしかしたら、今顔が赤くなっているかもしれない。
そんな自分に恥ずかしさを感じながら、口元を隠すように片手を当てる。
そして気持ちを切り替えるように先ほどの言葉の続きを心の中で思う。

 ―全く平気、という自信はないけど、でも、…… ―

再び目を美音に向ける。
うつ伏せにしていた体を横向きにさせていた。
「…………」
その様子に圭史は今までと全く違う事を思う。
「……テレビ、面白い?」
「うん?暇潰しに着けてみたら意外に面白かったよ。もう終わったけどね」
「そっか」
「うん」
そう返事をして笑顔を浮かべたままの美音。でもその体勢は変わることは無く心身ともに寛いでいるのが分かる。
他の誰でもなく圭史だから安心しているだろう。
それにここは貴洋の家。同じ部屋でないにしろ他には谷折がいる。

 ― さすがにここでは意気地を出せないよな…… ―

ため息混じりにそんな事を考えて圭史の目は無意識に美音の姿を映す。
華奢な体。さらさらなきれいな髪。女性特有の滑らかなライン。横になっているといつもより主張される括れた腰周り。そして、今はハーフパンツだから、細くて白い足が見えている。

 ― ……あーーー、なんかマジやりきれねー ―

頭に貴洋の顔を思い出し、圭史は尚思う。

 ― ほんとに、……俺をいじめてるんじゃないだろうなぁ? というか、いじめだよ、これ……。拷問だ拷問 ―

美音は相変わらずごろごろとして寛いでいる。
その様子に自分の感情をやり過ごす事ができなくなってきた圭史。
おもむろに言葉を紡ぐ。
「……あのさ、俺がいるのに何で平気?」
「……え」
その圭史の台詞に美音はきょとんとした顔をした。
それに圭史はたまらなくなってぐるぐるとした黒い感情が体中を駆け巡っていくのを感じた。
「俺だって男なんだけど」
「……え、え?」
忽ち顔が赤くなっていく美音に、力が抜けていくように息を吐いた。
「警戒されるのも辛いけど、あんまり無防備にもされると、正直どうして良いか分からないかも」

 ― 手出してよいものか、ダメなものか、判断に困ったりとか ―

「え?あ、だって、……タカんちだし、それに、谷折君いるし、その……」
とうとう真っ赤に染まりあがった美音の顔。
「……」
だから平気だと言うのだろうか。
言葉にならない不満のようなものが圭史の心を覆う。
そして、圭史の顔からまだあった余裕の表情が消えた。
彼女に近い腕に体重をかけ、両手と膝をつきゆっくりと迫っていく。
「……?!」
美音の目が驚きと共に大きくなった。
はっと息を呑み動きを忘れているうちに腰元まで覆いかぶさる様にして来ていた。
「……」
出ない声にただ見つめるしか出来ない美音。
圭史は口を開く事無く美音を見つめている。
じっと見つめるその瞳に、心の揺れの様なものが映っていた。
それが段々と色を変えていき、熱っぽいものに変わろうとしている時に美音がたどたどしく口を開いた。
「あの……、別に、平気な訳じゃないけど、でも……」
「でも?」
小さく静かに息を吐いて意を決した様子を見せた美音は、圭史に顔を向けるとにこ、と笑顔を見せると声を出した。
「……圭史くんだし」
「……―――」
今まで張り詰めていた空気が一瞬にして弾け飛んだような気がした。

 ― ノックアウトされた……。そう言われて、今手出せるか?フツー ―

照れ笑いを浮かべる美音に、愛しさが湧き上がってくる。
この気持ちを大事にしたい、そう思う。
「……」
小さく息を吐くと圭史は真っ直ぐに美音を見つめ、ふっと笑みを浮かべた。
片手をそっと頬に伸ばし、どきりとした美音を目にしながらポツリと呟く。
「ほんと俺って我慢しっぱなしだよな。……その時は覚悟しといてよ」
そう言った目は冗談を言っているものではない。本気の色を宿した瞳に、美音は口を噤んだ。どんな顔をして良いか分からない、といった様子だ。
手を離し、そっと身を離してその場から去った圭史は戸の所で顔を振り返して微笑と共に言う。
「変な気を起こさないうちに寝ます。おやすみ、又明日」
すーっと静かに戸を閉めているうちに美音の声が飛んできた。
「お、おやすみ」
背を向けたまま笑みを浮かべ、圭史はそのまま戸を閉める。

部屋に上がれば、一人谷折は眠りにすやすやと就いていた。

 ― くそ……。なんか試合に勝ったが勝負に負けた気分だ ―

今日の美音の様子を思い出して尚思う。

 ― やりきれねー俺。つーか、変に冴えて寝れねーよ。……くそう。いつか来るそのトキ、……そのトキは絶対逃すもんか ―

新たに湧いた強い思いに圭史は光を見出していた。


 ― くそー、ねむれねー ―

耳に聞こえるのは、隣で眠る谷折の寝息と部屋にある時計の秒針の音。
この家は静かだった。
同じ屋根の下に愛しの彼女がいるというのに。

 圭史の安眠はまだ訪れそうに無い。

2006.4.25


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