時の雫-美音
1
§3-§4
体育祭の準備時間、山のような荷物を抱えて校内を移動していたら、聞こえてきた女生徒の悲鳴に、体はそこへ向かっていた。
そして、そこで目にしたのは、非日常の光景だった。
外部の人間が、生徒の腕を掴んで奥の方へと連れ込もうとしている所だった。
考えるより先に、抱えていた荷物の中から一つをその男へと放り投げてその生徒を救出した私だった。
だけど、逃げようとした所で、足は荷物に引っ掛けてバランスを崩したところを掴まってしまったのだ。
奥へ奥へと追いやられた時の記憶は、今はもう曖昧だった。
あまりの恐怖に声も出せず体も固まり、息をすることすら出来なかった。
その男が近づいてきて、本能的に「もうだめだ」と思った次の瞬間だった。
彼が現れたのは。
気がついた時には、彼はもう目の前に立っていた。
守るようにして私の目を塞いだ彼の背中。
何も考えられなかった私の視界に、突如として現れた彼の顔は、真っ直ぐと私を見つめていた。
その時、彼が何かを言っていた。
だけど、その時の私にはそれを把握する力もなかった。ただ、頷いた。
茫然自失状態だった。
そして、その後覚えているのは、自分の震えている手に気がついた時のこと。
自分の意志とは別に、手が震えて止まらなかった。
でも、私はその時すぐに、彼の姿を探していた。
目に入った彼の背中。
自分を助けて守ってくれた彼の背中だった。
そしたら、震えが止まった。不思議と。
凍っていた心が溶け出すように涙が勝手に零れていった。
頭の片隅で「人がいるから泣いたらダメだ」と思うのに涙は止まらなくて。
自分の涙がやけに熱く感じて、体中に浸透していく感じがした。
そして溢れ出す思いに私は身動きできなかった。
本当に感じた恐怖だったから。
「もう大丈夫だから……」
そう言った彼の優しい声が尚私の涙を誘う。
安心させるために私の手を握った彼の温もりが尚涙を溢させた。
「ごめん」
何故謝られるのか分からなかったけど、私は必死で首を横に振っていた。
苦しいくらいの心に私は彼の手を縋るように握っていた。
彼の温もりが、一人じゃないんだと教えてくれていた。もう大丈夫だよ、と語ってくれていて、心の中まで広がっていた。
その場所から一人離れるのが怖くて、一人になるのが怖くて、彼の袖を握っていた。
そうせずにはいられなかった。
一人になりたくなかった。彼に傍についていてほしいと願っていた。
そして、それに応えてくれる様に私の手を彼は握ってくれた。
それだけで、どれだけ救われただろう。
安心して、本当は泣きそうになっていた。
呼吸をすると震える息に、彼は「大丈夫だよ」と言うかのように、背中をぽんぽんと撫でてくれた。
その時、もう全てを彼に預けて寄り縋りたい気持ちが広がっていた。
不思議な感情だった。
こんな気持ち、感じたことない……。
そして、彼は私が一人になるはずの間、傍についていてくれた。
それに気付いたのは、彼が私を生徒会室まで送ってくれて、それから用のある場所に向かう背中を目にした時だった。
その時胸に広がった、何とも言えない切ないような気持ちが私の体をほんのりと熱くさせていた。
部屋でずっとぼーっと宙を眺めていた。
窓の外は薄暗くなっていて、部屋の中は影を落としているのに。
私は飽きもせず、ただひたすらぼーっとしていた。
ずーっと、ぐるぐる、ぐるぐる、同じ事を頭の中で思い浮かべていた。
そして、確かめるように自分の左手首を握った。
右手には自分の腕の感触しかないはずなのに、私の頭の中は違う感触が甦っていた。
不思議な感覚だった。
感情は凍りついていたのに、彼の背中を目にした途端涙が勝手に溢れた。
止まらない手の震えを止めてくれたのは彼の手だった。
彼の温もりが、怖くて仕方なかった心に安心感を与えてくれた。
不思議と自分も彼を頼った。
彼が握ってくれた手は、言葉にして言うよりも確かな声に聞こえた。「大丈夫だよ」と。
ずっと傍にいてくれた彼。
彼の笑顔は心に沁みるくらい優しかった。
余計な言葉は何も言わず傍についていてくれて、守ってくれていた。
彼の優しさは、心と体を包み込むようだった。
自分の体を抱き締めるように両腕を握る。
そうせずにはいられなかった。
この時、切なくて仕方なかったから……。
予告なしに部屋のドアが開かれた。
「うわ。電気もつけず暗いまま何してんだよ」
無断で中に入ってきて、勝手に電気つけてくれちゃったのは、幼馴染のタカだった。
無言で睨んだ私。
タカはそんな私を見なかったフリをして中に入ってきた。
「なによ?」
タカは適当な場所に座ると言った。
「みお坊が変だって言うから」
「……」
多分、真音が言っていたのだろう。じゃなければ、この男が私の事を気にするはずがない。
確かに、私の様子は変だっただろう。
用がない限り部屋に閉じこもって何もせずぼーっとしている。食事中もどこか上の空だったから。
何も話そうとしない私の横で、タカは勝手に世間話を始めた。
学校での事。今、同じ中学だった人たちが何をしてるか。そんな話だったと思う。
でも私は殆ど聞いていなかったんだけど。
今の私はそれどころじゃなくて。他の事は考えられなかった。
「はぁ……」
飽和状態になった思いが零れるかのように、ため息が自然と出た。
腕で抱えるように立てていた両膝に顔を乗せた。
そんな私を横でタカは眺めているようだった。
「……実はさ」
まだ少し躊躇いながら口にした言葉をタカは真っ直ぐと顔を向けて静かに聞いている。
「5月の中頃に、一人だけ帰宅が遅くなった時、学校から駅に向かう途中、誰かに後を付けられてたみたいなんだよね」
「はぁ」
「思い切り早歩きしてもぴったり後くっ付いてきて、これはヤバイと思ったから、途中角を曲がってダッシュで学校に戻って」
「それで?」
「丁度帰ろうとしていた、人と、一緒に帰ってもらって、難なく済んだんだ」
「……何もなくて良かったな」
「うん。でさ、先週、なんだけど」
まだ続ける私に、タカは顔を曇らせていた。まだ何かあったのか?という顔。
「体育祭の準備時間で、荷物運んでる時に女子の叫び声が聞こえてきて、近くからだったから駆けつけたら、部外者の男がうちの生徒をどうにかしようとしていた所で、咄嗟に持っていた荷物投げつけて助けてあげたんだけど、反対に私が捕まっちゃってさ」
「はあ」
「すんごく怖くて声も出なくて体も動かせなくて。頭の中で前に後付けられた時に道路にあったミラーで見た姿とダブって見えて。……ていうか、その姿そのまんま。同一犯」
「って、お前狙いじゃん、それ!でどうなったんだよ」
「うん、通りすがりの人が助けてくれて、逃げ出した犯人はその友達たちが捕まえてくれて警察突き出してくれた。生活指導の先生も後で呼ばれて行ったみたい。助けてくれた人が、一人の間はずっと傍についていてくれて、帰りも送ってくれたから。でも、あんな思いもう二度としたくない」
本当に怖かった。
「……でも、無事でよかったよ」
「……うん」
「でもまぁ、一度目も二度目も運よく助けてもらったもんだよな」
「うん。もう本当に感謝しても感謝しきれないくらい」
「同じヤツ?」
「実はそう」
でも、私はそれを瀧野くんだとはタカに言えなかった。
これが彼でなかったら、私は言えていただろう。
彼がアノ人の親友でなかったら……。
「で、そいつ、どんなやつ?」
「……、やさしい」
「顔は?」
「まぁ、カッコよくて結構人気もある」
「ふーん。みお坊にとってどんな感じ?」
「……」
「二度も助けられたんだろう?」
「笑顔の、優しい人……」
「ふぅん。年上?」
「同じ2年だよ。あんまり話したりした事のない人だったけど……」
「ふぅん。今度は一緒に帰って、その人に襲われたりしてな」
楽しそうに笑って言うタカに、思わず私は声を上げた。
「なっ!そんな人じゃ、……」
危うく名前を言いそうになって、寸でのところで慌てて口を噤んだ私だった。
タカの冗談だって分かっているのに。つい、ムキになってしまった。
「みお坊は昔から男運だけはないからなー。はっはっは」
「うぎぎぎ」
それが何を言わんとしているのか分かって、腹が立った私はタカの腹にパンチを入れてやった。
その痛みにうずくまっているタカを尻目に、私は又彼の事を思い出してため息を吐いた。
どうしよう。彼の事が離れない。
すごく、切ない……。
こんなの、初めてだよ……。
その思いを引きずったまま、体育祭を迎えた。
私たち2年が上の代になったとは言え、仕事で動き回る忙しさは変わらなかった。
いつもと変わらない学校生活の中で、私の中で確実に変わったことがあった。
異性を怖く感じる、ということ。
だから、毎日の生活の中、必死で近寄らないようにしていた。 いや、怖くて近寄れなかった。
それほど二度の恐怖は、私の中で闇を落としていた。
近くを通り過ぎていく男子生徒にだって私の心は悲鳴を上げていたのだから。
一生懸命耐える思いで、目の前にある書類を片付けて行く私。仕事に目を向けることで自分を誤魔化そうとしていた。
そこへ、隣に彼が腰を下ろした。
途端に少し軽くなる気持ち。
心の中で小さな安心のため息が零れていた。
入れてあげたお茶を飲んでいる彼にそっと顔を向けた。
心の中に広がっていく自分の感情に何だか穏やかな気持ちになっていた。
視線に気づいたのか、こちらを見た彼に私はそのまま笑顔で何気ない言葉を口にした。
「暑いね」
「うん、ゆっくりしていたらそうでも無いんだけど」
そしてちょっとだけした他愛無いお喋り。
他愛も無い会話を交わしながら、二人の時間は穏やかに感じた。
だけど、それが終わるのはあっという間だった。
お互いが沈黙になった。彼の仕事は、ここでするものはないし、もう戻って行かなくてはいけないだろうから。
「時間あるし、何か手伝おうか?」
思ってもいなかった言葉に、私はぱっと笑顔になって言っていた。
なんか、すごいゲンキンだった。
「ほんと?じゃ、これ確認してもらえる?」
それに彼は笑顔で言ってくれた。
「OK」
そして、お互いテーブルの書類に顔を向け、手を動かし始めた。
彼が傍にいてくれるだけで良かったから。
ようやっと書類が片付いた頃、次の競技が終われば、私の参加する種目だった。
軽くノビをしてからペンをテーブルに置くと、立ち上がりながら口を開いた。
「私、行かなくちゃいけないから、後これだけ」
そう言った時、座りっぱなしで固まってしまっていた私の足は、パイプ椅子の足元に引っ掛けた。いつも座っている教室の椅子と形が違うせいもあった。
体を強張らせた次の瞬間に、身を襲った感覚は予想していたものと違っていた。
温かいけれど、みかけによらずしっかりした胸板。力強く引き寄せるように掴まれた腕だった。
「あっ、ぶねー」
「あ、ありがと。あーびっくりしたぁ」
何にどきどきしているのか分からない自分の胸を必死に落ち着かせようとしながら、彼の胸元からごく自然に離れていた。
「ついつい教室の椅子と勘違いしてて、……ありがとー」
素直にお礼を言えた私は、笑顔のまま競技の集合場所の方へ向かっていった。
参加し終えた私は本部に向かって歩いていた。
突然、手を掴まれて引き寄せられた。
驚いて顔を向けた視界に、私とぶつかりそうになっていた資材を確認したのだけど、それよりも私の全神経は逆撫でされたみたいにゾワッとなって、助けてくれた亮太の手を振り払っていた。
この時の私に、余裕と言うものは消えていた。あったのは男性に対する嫌悪感だった。
「いってー、助けたんだろー」
力いっぱい振り払った亮太の手だった。
亮太の声に我に返った私は、この状況に対しても、この自分の感情に対しても戸惑いを感じながら言葉を口にした。
「あ、あー、ごめん、ちょっと男の人に触られるの、駄目、で」
そう言いながら、私の視界は暗く狭まっていくような感じがしていた。
血の気が引いていくような感覚。
亮太が様子を窺って見ているのを分かっていた。
でも、私は自分の感情に必死で何も口に出来なかった。
「……まぁ、いーけど」
何かを察したらしい亮太はそれ以上何も聞かないでくれた。
それが、すごく私にとって助けられた。
それでもまだ固まったままの顔で元いた場所に座った。
手の先が冷たく感じて、暑さも忘れていた。
「どうだった?」
彼のその優しい声と微笑で、それまであった嫌な体の力が一瞬にして消えた。
「あ、一人抜いたよ」
「ほんと」
いつもの調子を崩さないように答えた私に彼は笑顔でそう返してくれた。
たったそれだけの事に、私の顔は笑顔が浮かんだ。
彼が隣にいてくれて、私は嬉しかったんだ。
その後、ふと気がつけば私は辺りをきょろきょろと見回していた。
無意識のうちに彼の姿を探していたんだ。
彼の姿が見つけられると、ほっとしたような嬉しいような気持ちになって私は数秒眺めていた。
この時の私に、それが何なのか、という事は考えられなかった。
ただ、ずっと彼の事、探していた。
全ての競技を終え閉会式を済ませた後、片付けられたグランドでは委員によってレクレーションの準備がすすめられていた。それは毎年恒例の最後に行われるオクラホマミキサー。
皆、その相手を探してあちらこちらでバラバラとしていた。
私は元より誰かと踊る気はなかったので、生徒会の備品を片付けていたんだ。
そこに同じクラスの女の子たちが私のところへ来て言った。
「ねぇねぇ春日ちゃん、あの人たちって瀧野君と同じクラスで同じグループの人たちでしょ?」
「え?あ、そうだよ」
示す方を見て私は素直に答えていた。
彼女達は、瀧野くん狙いなんだ。チャンスがあれば、彼と近づきたくて仕方がないって顔に書いてある。
彼が実行委員だと知ってからは、ちょくちょく私に何か訊いてくるようになったから。
彼女たちが私を横に添えて、彼の友人たちを見ていると、彼らもこちらに気付いたみたいだった。
それをチャンスとした彼女達は笑顔で声をかけていった。
「一緒に踊ろうよ」
それに彼らは満面の笑顔で返事してくれていた。
「いいよー」
それを好機と捉えた彼女達はさりげなさを装って言う。
「あと、瀧野くんはー?」
始めからそれが狙いなのに。
「あー、あいつは忙しくてなぁ」
「そうそう。……春日さん、俺と踊ってー」
急に内藤君にふられたそれに、心の中で嫌な気持ちが生じていく。
「え?あ、私は……」
いつもだったら、笑顔で言えるのに。
何故だか今はそれが出来ないでいた。
様々な嫌悪感が私の心の中をかき乱すように凄い勢いで回っていたから。
何でもいいから縋りたい気持ちになって、思い切り親しい訳でもない彼女達の腕に隠れるように私は下がっていた。
けど、この人は通じてくれないのよ。この内藤君って。
「役員は手本でレクレーションに参加しないといけないよね?」
うっ。そう出されると痛い……。だけど、今の私は無理だよ。
「お前、嫌がられてるって。春日さん俺と踊ろうよ」
池田君がそう言った。
尚、隠れるように腕にピタリとくっつく私を庇うように彼女たちは言ってくれた。
「春日ちゃんは忙しい身だからー。ね?」
「うん、まだ仕事残ってるし」
そうそう。それもあるし。
心の中で頷きながら、頼むからもうこれ以上言わないで、と思っている私。だけど……。
「えー?他の男にでも任せていたらいーじゃん。男の方が人数多いんだし」
彼らは思いのほか頑張ってくれていた……。
「春日さーん踊ろうよー」
この時、私はひどく困惑していて、それとある種の恐怖感でいつもの調子で声を出せないでいた。
そうやって近づいてこられる事に恐ろしさを感じていて、どうしたら良いのか分からないでいた。
そうやっているうちに、この場がどんどん険悪な空気になっていくのに。
だけど、私のこの口からは言葉が出なかった。どうしても「いいよ」なんてこと言えなかった。
だって、一緒にいなきゃいけない。手を繋がなきゃいけない。二人でいなきゃいけない。
そんなの無理。私には無理。怖い。……怖い。
どうしよう。どうしたらいいんだろう。
本当に困った時だった。
「お前ら、なーにやってんだよ」
後ろから声が飛んできた。聞き慣れた声が。いつも、助けてくれる彼の声。
途端に私はほっと息を吐いていた。
「あ、瀧野」
「いや、この後のレクレーション誘っていただけだよ」
その時、彼女達の顔がぱっと輝いたのを見た。
「あ、瀧野君、踊る相手決まってるの?」
一番、話したかった相手。一番、言いたかった台詞。その条件を満たした彼女達は嬉しそうだった。当初の目的が果たせると言わんばかりに身を乗り出す彼女たちから、私は自然と離れていた。
彼女達のその好意に、彼はなんの表情もなく言う。
「あ、いや、実行委員は人数合わせで踊らないから」
それを目にした彼女たちの身の変わり身は早かった。
「そーなんだ、踊りたいって言う子いるんだけどねー」
それはさも他の子だというように。
彼の登場を快く思っていない様子の彼らは口を開いた。
「で、瀧野どうしたんだよ」
あんまり言い感じのしない言い方だったのに、彼は何も気にした風もなく、思い出したように顔を向けて言った。
「あぁ。春日、集まれだって。溝口があっちで呼んでるよ」
いつもの彼にしては、少し素っ気無い言い方ではあったけど、これ幸いとばかりに返事をしてその場を急いで去って行った私だった。
心の中で湧き出る安心感。
そして、すぐに頭に浮かんだ彼らの事。
誘ってくれたのは、決して悪意からではないから。
だから、足を止め彼らに振り返ると言葉を投げた。
「内藤君、池田君、誘ってくれてありがとう、ごめんね」
亮太と薫ちゃんのいる所に戻れた私は、いつもの仕事の場に安心の息を吐いた。
この仕事の場が一番安らぐなんて。
準備が整うと、ダンスの時間が始まった。
グラウンドに広がるダンスの輪。
ダンスがあるのは、体育祭と学園祭の後夜祭でだけ。
だから、付き合っている子がいる人、好きな人がいる人は、一つのイベントとして捉えているみたいだった。
まぁ、私も聞いたことある。 好きな人とラストダンス踊れたら、思いが叶うよって。
眺める光景に、いろんな表情が見えていた。
「みなさん、踊ってますなぁ」
何気なく呟いた言葉だったんだけど、丁度戻ってきた亮太がそれを聞いて言った。
「踊りたそうだな。委員の奴誰か誘って踊ってきたら?」
いや、別に踊りたいわけじゃないんだけど。
実の所、踊らないように1年の時から避けているんだけどね。
そんな事を思っていた。だけど、真っ直ぐと感じる亮太の視線。
私は亮太の方に顔を向けてはいなかったけど、十分に感じた。
誘うって、亮太を誘えと言っているの?もしかして。
まぁ、そりゃあ、亮太だって一度くらい踊ってみたいかもね。生徒会だって言うだけで踊れませんから。男子はさ。
でも、私が踊るとしたら誰と?誰と踊りたい?
突如そんな事を思った私の頭。そして浮かんだ姿は彼だった。
そこでハタッと止まる私の思考。
だめだ、これ以上何かを考えたくない。
「さぁ、生徒会室片付けなきゃ。薫ちゃん、いこー」
「うんー」
生徒会役員になってから、ずっと亮太と仕事してきた。
肩を並べて、時には張り合うように。時には庇いあいながら。
衝突しあう事も多々あったけど、これはこれでよい関係だと思っている。
だから、余計な事は話したくない。
弱みを見せ合うような、傷口を舐めあうような仲ではないから。
……もしかして、亮太は、彼とのこと、気付いている?
私が思っている彼の事を。
亮太の何か言いたげな目に気付いていたけど、余計な何かを言われるのを怖くて顔を向けられないでいた。
これ以上、何かを知りたくなかった。
いや、何も知りたくなかった。 知らないままでいたかった。
気付かないフリをしている自分の気持ちにも。