時の雫-風に乗って君に届けば
§9 向かい風に煽られて
Episode 5 /13
委員会最後の日、いつものように最終のまとめを書かされた圭史が生徒会室に出しに行くと、美音に引き止められて数学の問題を教えていた。
「2学期の仕事も今日で終わりかぁ」
あっという間だな、とでも言いたげに亮太がそう言った。
手を黙々と動かしている美音の隣にいる圭史が口を開く。
「3学期の実行委員の仕事って何すんの?」
「そうだなぁ、3年の送別会と卒業式くらいかな」
「……早いな、来年3年になるんだな」
「来年から受験生かー」
しみじみと言う亮太に圭史もいまいち気の乗らない顔をしている。
「できた。これであってる?」
動かしていた手を止めて顔を上げて言った美音。
その声に顔を向け圭史はノートに目を向ける。
「……うん、あってるよ」
「よーし、これで数学はとりあえず終わり」
満足げな顔の美音に、嫌そうな顔で亮太が言う。
「えー?もう数学のテスト範囲終わったのかよ?やな奴だなおい」
「他の科目がまだ残ってるよ。試験まであと1週間だというのに」
「う。日数まで言わないでくれ。気だけが焦る」
「なぜかテスト前になると他の事に興味が行くんだよなー」
遠い方向を眺めながら圭史が言ったのを聞いて、楽しそうな顔で美音が口を開く。
「そうそう!急に本が読みたくなったり他の事したくなったり」
「あーあるある。俺なんか今月から封切りの映画気になってなー」
頬杖を突きながら言った亮太。
「あ、それって今話題になってるやつじゃない?隕石から地球を救うってやつ」
「そうそれ」
「面白そうだよねー。テスト前じゃなかったら見に行くんだけどね」
「だよなー」
楽しそうに話している美音の顔を目にしながら、圭史の頭は違うことを考えていた。
球技大会の日の放課後、またもや寝顔を圭史に見られた美音は、頬を紅くして目が合いそうになると、目を泳がせるようにして視線を逸らしていた。
そんな様子を微笑ましく思いながら、帰り道に圭史はそっと訊ねた。
自由参加のに出るなんて珍しいね?と。
顔を逸らし気味にしながら美音が返した言葉。
うん、誘われて、気が向いたから。
その台詞だけを聞くと、大した事はなかったのだと感じるのだが、美音の態度は明らかに違和感を感じた。だが、圭史がいくらそれ以上問いても、美音は笑顔を向けるだけで何も答えてはくれなかった。
球技大会の翌日の土曜日、学校はなくとも部活はあった。
松内が何かを話してくる事もなく、真面目に練習に参加していた。
あのリレーが偶然か否かはっきりと分かる事がなく月曜日を向かえた。
朝、電車で美音を見かけると、駅を出た所から自然と一緒に登校するようにもなり、自然と身近にいる様になっていた。
周りの男子はそれについては何も訊ねてきたりしない。
不気味なくらい静かだった。
とりあえず、今のところ平穏な毎日を過ごしている。
そして、期末テスト真っ只中。
「あ、おはよー」
息が白く見える朝、先に姿を見つけて声をかけてきたのは美音の方だった。
「おはよー」
圭史は寒そうに身を縮ませながら歩いている。
美音はクリーム地に薄いオレンジのチェック模様の入ったマフラーを首に巻いていた。
それだけでも温かそうに見える。
「瀧野くん首さむそー」
「うん、寒い。春日はそれ暖かそう」
「貸そうか?」
「ううん、いいよ」
そして自然と会話は今日試験の科目の事になっていた。
「現国の最後の問題は応用だすって言ってたよ」
「え?マジでー?」
そんな二人の後ろから走ってくる足音が聞こえていた。
通り過ぎていくのかな、と思ったそれは二人の背後で止まり圭史への衝撃となった。
「おっす!」
挨拶とともに背中にビンタを食らわした谷折。
「……っ、おっす」
不機嫌そうな顔で言葉を返す圭史。隣の美音も挨拶をする。
「おはよー」
谷折はニコニコ顔で口を開く。
「さぁ今日は何の日でしょう!」
圭史はチラリと目を向けてから素知らぬ顔をしている。
谷折の質問に答えたのは美音。
「今日は期末テスト4日目」
「そうじゃなくて」
「んー?何かあったかなぁ」
「ほらほら、瀧野」
知らないフリをしていたのに、谷折がそう振ってきたので呆れ顔で圭史は答えた。
「あーはいはい。お前の誕生日だったな今日は」
「そうでーす」
「そうなんだー。じゃあ……」
そう言うと、美音はカバンの中をごそごそと探り出し小さな巾着袋を取り出した。
「これあげるー。はい瀧野くんにも」
その中に入っていたのは飴玉。適当に二人に渡すとまたカバンに直した。
「じゃあ、俺からもハイ」
圭史は美音に貰った飴を谷折に渡した。
「……ありあと」
顔は思い切り不服そうだった。
「お前なー男が何誕生日プレゼント欲しがってるんだよ」
呆れ顔でそう言葉を吐き出す圭史に、谷折は拗ねた顔を浮かべている。
美音はその様子に笑いを零していた。
そして、前方に見える集団、バスを降り停留所から学校へと向かっている生徒の姿を目にして美音は声を上げた。
「いっさちゃーん!!」
谷折が驚きぎょっとした顔になったのを見て、圭史から思わず笑みが零れる。
その人混みの中から1名が足を止め振り返った。栞だった。
それ見て美音が笑顔で手を振ると、振られた栞も笑顔で手を振る。
3人が、足を止めて待っている栞の所へ辿りつくと、美音が笑顔で言った。
「今日谷折くんの誕生日なんだって」
「へー、誕生日おめでとう」
栞に笑顔でそう言われ、谷折は照れた面持ちで言葉を返した。
「あ、ありがとう……」
学校に向かって歩きながら美音はつい先程の出来事を栞に話していた。
そして、自然と美音は栞と並んで歩き、その後ろに圭史と谷折が歩いている。
罰の悪そうな顔をしている谷折。圭史は冷ややかな笑みを浮かべながらボソッと一言。
「ばーか」
「ううっ……」
校門に入った頃には、美音と栞の会話は変わっていた。
「テスト終わったら一緒に買い物行かない?」
「うん、いいね」
自分の誕生日については綺麗さっぱり忘れらていることに思わずがっくりと肩を落とす谷折。圭史は呆れ顔でため息をついた。
うな垂れたままの谷折が3組の教室の扉に手をかけたとき、声が飛んできた。
「谷折くん、これ」
栞の声に振り返ると、差し出されていたのは栞の手のひらに小さな包み。
それに「え?」という顔を向けると、栞は微笑しながら言う。
「良かったら使って。テニスシューズの紐なんだけど」
「え?あ、ありがとう。そう言えば、紐ぼろぼろになってて」
すると栞はなお笑顔になって言った。
「切れないうちに取り替えた方がいいよ」
「うん、ありがとう」
谷折は笑顔になってそう言った。
教室に入り机に向かいながら谷折はふと思う。
―ん?紐変えてないの知ってたの?―
誕生日に栞からプレゼントされた嬉しさにその疑問もすぐ消え失せていく。
まだ試験は終わっていないと言うのに、心の中は踊りだしたい気持ちでいっぱいだった。