時の雫-風に乗って君に届けば

§7 二人の隙間に潜むもの


Episode 3 /6




 3時半を過ぎて今日の美音の当番は終了した。
クラスのウエイトレスの格好からいつもの制服姿に着替えると、「終わったー」という気の抜けた顔をして生徒会室へと向かっていく。

 4時くらいから各実行委員及び各部長が1日の報告書を提出しに来る。
内容の確認と受け取りが生徒会役員の仕事だった。
 4時10分前になって、亮太と快が姿を現した。
「ああ!春日さん制服じゃないですか!」
快のその台詞に美音は横目で見てから口を開いた。
「何当たり前なこと言ってるの?」
「ええ?だってウエイトレスで可愛い格好してるって聞いてたのにー。その姿で来てると思ってたんですー」
今にも地面に膝をついて倒れこんでしまいそうな勢いの快。
美音は疲れたようにため息をしてから言葉を放った。
「もう営業は終了しました」
「ううー、明日行きますねー」
「はいはい、ご自由にいらして下さい」
明日一日のうち後半は生徒会の仕事につかなくてはいけない。
快が美音のウエイトレス姿を見る望みはほとんど無い。
亮太も美音も分かっていながらあえてそれを黙っている。

そして4時を過ぎると、ばらばらと報告書を持った生徒が姿を見せ始めた。
学園祭の一日が終わるための最後の忙しい時間だった。
それも40分を過ぎると殆どは提出を終え、生徒会室はあっという間に3人になった。
「あー、あと特別室の戸締り確認だな。ちょっくら行ってくるわ」
と亮太が立ち上がると、美音は顔を向けて言った。
「うん、お願いねー」
動こうとしない快を見て、亮太は言い放つ。
「おい、藤田も行くんだよ」
「えぇえ?春日さん一人じゃ……」
「あ、私大丈夫だから気にせず行って来て。はいいってらっしゃい」
美音のそのつれない言葉に、快はうな垂れて亮太の後をついて生徒会室を出て行った。
 ぱたん、と扉が閉まったのを見て、美音はため息を一つ零した。
静かな生徒会室だった。
他に仕事をする気にもなれないで、何気に頬杖を突いたまま、暫くぼんやりとしていた。
 なんだか、自分が思っているより疲れているみたいで、視線は一点に定まらない。
何もないなぁ、と思いながら机の上に視線をおろした。
そして、置きっ放しになっている冊子に、ようやくこの時に気がついた。

5組の子に貰ったものだ。
いつぞや、美音が答えた心理テストの結果が載っていると言っていた。
今、ここには誰もいない。
何か変なことが書いてあっても見られて困ることはないと思いページを捲り始めた。

 色でその人をどう思っているか分かる心理テストです。
 黒、怖いと思っている人

 ―はは、内藤君だ。確かにあまり近寄りたくないと思ってるんだよね。次は―

 青、憧れている人

 ―轟さん。うん、確かに―

 赤、お兄さんのように思っている人

 ―あー、足立さんだー。けっこー当たってるかも―

 黄、嫌いな人

「あははは、亮太だって。これは笑える。別に嫌いではないんだけど。次は…」
最後の項目を読んだとき、美音の手はぴく、と反応した。だが、その一瞬後に扉が勢いよく開いたので咄嗟に冊子を思い切り閉じた。
 そして、反射的に扉に顔を向け、……硬直した。
うろたえている様子がありありと顔に出ている。

「あ、ごめん、驚かした?」

「あ、ううん、大丈夫」
目を合わせる事が出来ないままそう答えた。
美音がそうした相手は圭史だった。

 圭史がノブから手を離して中に入ってくると、谷折の姿が後ろに見える。
二人が一緒に来たのを確認して、冊子を机の端にそっと移動させた。
「他のメンバーは?」
「2人は校舎の外の見回りで2人は今しがた校内の見回りに行ったところ」
美音が圭史に答えていると、後から入ってきた谷折が先に書類を美音に渡した。
それを受け取ってざっと目を通す美音に谷折は話しかける。
「そういえばさ、片岡は来た?」
「うん、出しに来たよ」
「それだけ?何か無かったの?」
その言葉に美音はにっこり笑顔を向けて口を開いた。
「元々片岡君とは何も無いから。はい、ここ抜けてるから今書いてね」
「え?書かないと駄目ですか?」
「駄目です」
笑顔のそう言う美音に一般生徒は逆らえない。
谷折は空いている席に座り、頭を抱え込みながら埋めなくてはいけない文章を考え始めた。
その間に圭史が書類を渡す。美音はそれに目を通すとそのまま受領した。
「いつも瀧野くんはちゃんと記入してくれてるので助かりますー」
「それはどーいたしまして」
そうしてにこっと微笑んだ圭史に、美音はうろたえながら横に逸らした。
 なぜか気恥ずかしくて、まともに顔を向けられないでいた。

 そうしている間に、圭史は何かに気づいたようで、顔はそれに向けたまま声を放った。
「あ、それ、前に頼まれて書いてたヤツ?」
それが、ついさっきまで見ていた冊子のことだと分かった。
ぎく、と微かに反応を示したのだが、すぐ平生を装って答える。
「あ、うん。今日貰ったんだけど」
「見せて」
笑顔でそう言われた次の瞬間、美音は瞬時に冊子に手を伸ばすと、あっという間に抱え込んで声を上げた。
「駄目!だめだめ!」
思いがけない美音の反応に圭史の動きは止まっている。
その様子を目にし、はっとした美音は慌てながら口を開く。
「え、えぇと、まだ見てないし、は、恥ずかしいから、また今度」
目は泳ぎながら頬は赤くなっている美音に、圭史はすぐ笑顔になって言った。
「じゃ次にそれ見つけたら見させてもらうよ?」
「う、うん」
俯いたまま、圭史から隠すように冊子を膝の上に置いた。
美音は圭史の顔を真っ直ぐと見つめる事が出来ずにいた。


 あの時、「白」と言われて、浮かんだのは、目の前にいた圭史だけだった。
他には別に浮かばなかった。
 あの場にいた人間なら分かっているだろう。
別に当てはまる人間が思い浮かばなかったから、目の前にいた2人の名を書いただけだと。だから、あの場にいた人間がこの結果を見ても、何かを深く思ったりしないだろう。
 もしあの場に圭史がいなかったとしても、多分、「白」に圭史の名をあげていた。
今の美音に、圭史に他の色は思い浮かばなかっただろうから。

 ―いや、これが似合う服の色とか言われたら、瀧野くんてなんでも似合うと思うんだけど……―


 白、好きな人


 今の美音に、この心理結果は、軽くあしらえなかった。