時の雫・風に乗って君に届けば

§2 染み入る雫のように


Episode 1 /4




「ええぇー?!うそでしょー?」
生徒会長から話を聞いて、思わず声を上げていた。いや、上げずに入られなかった。
「いや、別に決定している訳ではないから」
会長は穏やかに口にした。
それを聞いて、気持ちを落ち着かせるため美音は椅子に座りなおした。
「いーじゃん、やったら?」
頬杖を突きながら亮太は簡単に言いのけた。
すると美音はキツイ視線を向け言葉を放つ。
「じゃあやってよ!」
「え? いや、俺は、今度は会計やりたいから」

現会計は薫なのだが、一人では裁き切れず亮太が手伝っているのが現状だ。
美音も会計には自信が無いので、それ以上は何も言えない。

「まだ時間あるし、焦らなくても大丈夫だから考えてみて」
会長の言葉でその話題は打ち切られた。


 中間テストが終了し、次の行事は生徒会選挙。
生徒会は持ち上がり式で、足りない要員を選挙で補うのだ。そして、次の任期でどの役員になるか決めなくてはいけない。

「はぁ」

選挙に関しては実行委員に全てを任せているので生徒会がすることは何も無い。
自分達の事だから手をかけてはいけないのだ。

 それから数日の間、美音は思い出したように、よくため息を吐くようになり沈んだ様子が見受けられた。
そうこうしているうちに、候補募集期間に入った。実行委員が視聴覚室で昼休みと放課後に交代で候補者の訪問を待つのだ。
 水曜日担当の圭史は、4時限目が終わると弁当を持って教室を出る。
生徒会の書記が教師から視聴覚室の鍵を預かっている。まずそれを貰いに行かなくてはいけない。
書記は美音と亮太の2人。
とりあえず、隣のクラスに在籍する亮太の所へ足を向けた。
 出入りする人の流れの中から、1人を捕まえて声をかけた。
「悪いんだけど溝口呼んでくれる?」
「おお」
頼まれた男子は、教室に入ると声を上げた。
「亮太―、瀧野が呼んでんぞ」
呼ばれた亮太はそれに軽く返事をし、席を立って圭史の所へやって来た。
「何かあった?」
いつもながら彼は表情を大きく変えることがあまりない。
「視聴覚室の鍵なんだけど」
「春日の方なんだ。俺持ってたら無くしそうだから」
「春日って何組?」
「この端のクラス1組」
「分かった。ありがと」
そう言うと圭史は1クラス挟んだ向こうのクラスへ向かった。
 圭史は同じ階にある、4組だった。

 −どうやって呼ぼう……−

1組の教室の近くまでやって来た所でそう頭に過った。
 前後ろとも戸は風通しが良い様に開けっ放しになっている。
1、2組は進学文系のクラスなので比較的女子が多い。

−勇気を出して自分で声をかけるしかないか…−

そう思って教室の中に目を向け、美音の姿を探す。

圭史が見つける前に、美音は圭史の姿に気付いていた。友人たちに声をかけてから席を立ち廊下へと出てきた。

圭史が見つけた時には、こちらへと向かって歩いて来ている所だった。
「視聴覚室の鍵でしょ?」
「あ、うん」
制服のポケットの中から、2、3個束になった鍵を取り出すと、圭史に差し出した。
圭史は少し躊躇ったが、手の平を彼女に静かに向けた。
すると美音の温かい指が触れて、手の平の上に鍵が置かれた。

「昼休み終わっても、そのまま持っててくれていいから。放課後の後は生徒会室に届けに来てもらってるんだけど、瀧野君だったら明日会った時でもいいよ。ちなみに他の人には内緒ね」
美音に笑顔でそう言われて、圭史は他に言葉が浮かんでこず、なんとか口にする。
「……うん、ありがと。じゃぁ」
「うん、よろしくねー」
そう言うと美音は教室の中に戻って行った。

 ジャラ……、と、握った手の中から鍵の音が聞こえた。
圭史は、ふ、と顔を廊下に向けながら微笑すると視聴覚室へと足を進める。


 他のメンバー3人と、圭史は視聴覚室で昼食を取っていた。
別にすることはなく、候補者が来ない限りはただ集まって無駄話をしていると言った感じだ。
「そー言えば、次誰が生徒会長になるんだろうな」
「そりゃ溝口じゃね?」
ただ一人の男子だからだ。
「でも女でもよさそうだけどなぁ」
「そうか?」
「ほら、春日さんとか」
「ああ、瀧野どう思う?」
黙って聞いていたら話を振られた。飲んでいたジュースのストローを離して口を開く。
「まぁ春日でもハマってるだろうけど、嫌がるんじゃないか?」
圭史は、いつも動き回って働いている美音の姿を思い出してそう言った。
「そうかなぁ」
「……多分」

 予鈴が鳴ると、教室に戻るため戸締りを確認して視聴覚室を出た。
圭史は預かっている鍵をポケットから出し、ノブに差し込んで鍵を閉めると再びポケットに入れた。
「じゃ又放課後なー」
と各々散っていく。

 圭史は予め部活動の無い水曜日を選んでいたので、いつものように部活に出てからの事を考えなくて良いのでのんびりと過ごしていた。
 放課後は、授業清掃が終わってからの3時半から5時までの間が募集時間となっている。
することと言えば雑談ぐらいなものだ。
「瀧野ってテニスでいつもいい成績とってたろ?実行委員とかけもちでしんどくない?」
「まー、しんどくないって言ったら嘘になるけど、仕方ないよな」
「まぁな」
「でも、生徒会と一緒に仕事してて楽しいよなぁ」
一人がそう口にすると、話を聞いていたもう一人の委員が口を開く。
「わかるわかる。春日さんてだらしない事したら容赦ないけど、さばさばしてて話し易いし一緒にいて楽しいもんな」
今日のメンバーは全員2年なので、生徒会の話になると美音の話題が多くなっている。
実行委員2年担当者が美音であるだけに。
「そうそう。見てる分ではもっと女の子してるのかと思っていたけど、実際は活発そうでいいよな」
圭史は口元を頬杖で隠しながら苦笑した。

 −見ている奴はちゃんと見てるんだよな……−


4時を過ぎた頃、視聴覚室に訪問者が現れた。
「どーですか?誰か候補者は来ましたか?」
亮太と美音の二人だ。様子を見に来たらしい。

「今日一人来たくらいで」
一人が答えると、美音は手前の机で足を止め、その横に亮太が立ち並んだ。

「そう言えば、次の生徒会長は誰が?」
実行委員の一人が訊ねた。美音は少し表情を暗くして口を開いた。
「それなんだよねー。今ちょっともめてましてねー」
それを聞いて横で亮太が呟いた。
「もめさせてる本人のくせに」
ぎろっと横目で睨み付けて捻くれたように言い返した。
「そっちが快諾してくれれば話は済むでしょ」
すると亮太は知らん顔で言う。
「俺は会計志願だから」
「うう〜」
唸る美音だった。

そんな2人の様子を見て一人が声を出した。
「あの〜話が見えないんですけど」
それを聞いて、美音が口を開くより先に、亮太がその場にいた全員に放ったのだった。
「生徒会長に春日が良いと思う人〜」
「はーい」
と実行委員の中では3人が手を上げた。言った亮太本人も小さく手を上げている。

圭史は机の上に腰掛けながら、その様子を微笑して眺めていた。

「……って、なんであんたまで手ぇ上げてんのよ」
眉間を微かにヒクつかせながら美音が言うと、亮太は観念しろよと言わんばかりに言うのだった。
「信任されてるじゃん、ほら満場一致」
「やかまし」
多少なりとも腹が立った美音は、亮太の足にゲシッと蹴りを入れると、どうにかそこで気持ちを落ち着かせた。

蹴られた亮太は、力の方向でそのままフラフラ…とよろめいた。そして近くにいる圭史に、美音に聞こえるように聞いていた。
「なぁ、あいつって昔から凶暴?」
「なっ?!」
後方で美音が思わずそう口にしたの見て、圭史は笑いながら口にする。
「どうだったかなー?文句言ってきた男皆ボコボコにしてたって噂もちらほら」
「あーやっぱりー」
圭史の冗談に亮太は納得した表情を浮かべて冗談交じりに頷いた。
「こらこら、してませんって!」
2人に突っ込みを入れながら苦笑する美音。

それを聞いて笑っていた他の3人、興味深げに訊ねてきた。
「え?何々?瀧野って春日さんと付き合ってんの?」
「へ?」
美音は思わずそう言っていた。
その様子を目の端に捉えながら、圭史は表情を崩さず言葉を紡ぐ。
「同じ中学なだけだよ」
「へーそうなんだー」
「じゃあさ、春日さん生徒会の奴と今付き合ってるって本当?」

突如として言われた台詞に、美音は真顔で口にしていた。
「はっ?」
その台詞には、圭史と亮太も動きを止めて、美音に顔を向けた。

視線を一斉に浴びた美音はうろたえながら文章にならない言葉を口に浮かべた。
「……え?わた、し、今?……は?」

「俺、副会長と怪しいって聞いたけど」
1人がそう言うと、又1人が言う。
「あ、俺、溝口とって」
それには亮太が感心したように口にした。
「ほー俺春日と付き合ってたのかぁそれは知らんかった」
「私も全然身に覚えないわー。おかしいな、私は仕事に生きる女の筈なのだけど」
頬に手を当て違う方向に目を向けた美音に、亮太は推し進めるように言う。
「ほぉ。じゃ会長決定だな」
「まだ言うか」
「中々強情やね君」
感心して亮太は言った。
美音は力が入っていない感じで返す。
「なんとでも言ってくれ。他所は好きな事言いまくりだし……」
と溜め息を吐いた美音に、亮太は真面目な顔になって言う。
「でも、このままだと実行委員の中で決採ることになるんじゃないか?」
「うー、実は今日この後先生に呼び出されてるんだよね。先生にまで私は説得されないといけないんかねー」
と言いながら、横目で亮太を見遣ると、亮太は明後日の方向に顔を向けた。

「実行委員の中で何するって?」
1人の問いに亮太が答える。
「ああ、生徒会の中で次の新役名決められなかったら、委員で適任者を投票してもらうんだよ」
美音は溜め息を吐いている。そして、何か気付いたように、期待した目で言ってみた。
「あ、でもそれだったら、私大丈夫なんじゃない?皆溝口君に入れるでしょ」
すると、亮太は意地悪そうな笑みを自信たっぷりと言わんばかりに浮かべて言い放った。
「さぁ、それはどーかなぁ?」
「う…、嫌な笑い、それ」

 それから他の話題を亮太と委員は話し始めた。
参ったように溜め息を吐いた美音を見て、圭史は声をかけていた。
「生徒会、大変?」
「え?……ううん、そう見える?」
少し控えめに訊ね返す姿を見て、圭史は戸惑いを覚えながら口を開く。
「あ、お袋が大変みたいな事言っていたから。実際忙しそうだし」
「それだったら瀧野君のほうが大変でしょ?かけもちで」
顔を少し傾げ笑顔で言われて、圭史は表情を崩さないように意識しながら口にする。
「あぁ、まぁ、それなりに」
「うちのお母さんも瀧野君のことすごいねーって褒めてたよ」
面と向かってそう言われ、目を逸らしながら言葉を口にする。
「あ、うん、それは、別に……」

そんな2人の様子を亮太はちらっと一瞬眼に捉えていた。
 そこへ校内アナウンスがかかった。

「「生徒会の春日さん教員室までお願いします」」

露骨に嫌な顔をした美音に、亮太は促すように口を開いた。
「ほらお呼びだよ。教師の信頼が厚い奴は大変だね」
「あぁあ〜いやだなぁ〜」
肩を落として足を重たそうに歩いていく美音の後ろを亮太はついて視聴覚室を出て行った。