時の雫-風に乗って君に届けば
§12 光が満ちるトキ
Episode 8 /12
「あー疲れた疲れた」
座るなりそう声を出した亮太に美音は呆れた顔で言う。
「ただちょっと見回ったくらいじゃない。たかだか1時間」
「気を遣いすぎて疲れたんだ」
そう言って水をごくごくと飲みだす亮太。
「亮太が何の気を使うって?」
眉を顰めて言い返す美音。
そんな二人の様子を、圭史は背をもたれて眺めていた。
亮太は美音を一瞥すると事も無げに言う。
「今日はやけに不安定じゃねーか。イライラを堪えてるんだろうけど、見ててもピリピリしてんだよ」
「……そんなにピリピリしてた?」
どこか控えめに訊ねた美音をちらりと目を向けてから亮太は言う。
「ああ、してた」
「……そっか」
吐き出すようにそう言うと静かになった美音。
「…………」
その続けられる言葉を待つ圭史と亮太。
だが一向に美音の口は開かれようとしないままだった。
圭史が隣を座っている亮太を見遣ると、丁度ため息を吐いていた。
「……なんだよ、予行終わって教室に戻ってる時に俺が言った事のせいか?」
目線をテーブルに向けたまま言った台詞はどこか後悔の意が含まれているような気がした。
「……それも、ない訳ではないけど」
「けど? けど、なんだよ?」
どこか嫌そうに聞き返す亮太。
美音はただ自分の手元を眺めている。その時間は数秒だった。そして、ちらりと目だけを上げて圭史の顔を見た。
それに圭史は微かに首を傾げ美音を見つめている。
すると、美音はゆっくりと口を開いた。
「今日の、堪えきれないイライラに爆発した理由、なんだけど……」
「うん」
圭史はそう静かに相槌を打った。亮太は頬杖をつき何を話すんだ?という顔をしていた。
「まぁ理由は、生徒会役員のせいで」
「1年の藤田クン?だよな」
目だけを隣に向けていった圭史に、亮太も口にする。
「まぁあいつしかいないわな」
「……今日帰り、教室出て階段に出た所に、いたのよ」
「あいつが?」
「そう。生徒会室に向かわなくちゃいけないのに、そんな所にいるから、こんな所で何してるの?って聞いたんだけど、言葉濁すだけで。だから素通りしたんだけど、後くっ付いてくるんだよね」
亮太の顔は、それ想像つく、という表情をしている。
「すぐそこが図書室っていう所までついて来るから、堪え切れなくなって、口開いてしまったんだけど」
「はあ」
「いい加減仕事が出来るようになって欲しくて、二人に任せてるのに、今日は生徒会室に来ますよねって聞いてくるし、いつもは最後まで付き合ったのに何で今回は?とか。だから4月になったら二人で纏めて行かなくちゃいけないでしょって言ったら、まだ3月だからって言うし。減らず口ばかり」
「……まぁ、あいつは観点が違うからな」
遠いどこかを眺めたまま口にした亮太。
「挙句の果てに、俺の事避けてませんかって聞いてくるし。人の負担増やして面倒見させてだから困らせないでって言ったら、仕方ないじゃないですかって言うんだよ」
「うーん……」
と唸る圭史と亮太。
「もう腹立つから、だらしなさで仕事が出来ていない事に仕方が無いなんて理由にはならないって言ったんだけど、返ってきた言葉が、じゃあ俺の事避けないで下さい。ちゃんと見てください。一人の男として、見て欲しいんですって言うんだよ?」
それに圭史は頬杖をついて明後日の方向に顔を向け、亮太は深くため息をついた。
「で、春日はなんて答えたんだよ」
「うん、はっきり言ったよ」
「どんな風に?」
変わらず柔らかい口調で訊ねた圭史。
「えーと、満足に与えられた仕事もこなせない様な1年、後輩として以外何も思えない。今までもこれからもって。まだしつこく言ってくるから、ただ生徒会の後輩に一日も早く仕事が真っ当に出来るようになって欲しいだけだから。それ以上の事は何もないからって」
「……マジで言ったんか?」
美音に目を向けた亮太の顔はいつになく真剣なものだった。
「うん」
はっきりと頷く美音。
「で、そこまではっきり藤田に言われて、まだ気付いてないとか言うんじゃないよな?」
「何を?」
亮太の問に即答した美音。思わず脱力しながら水を掴んだ亮太。
「お前、なぁ、……」
「大体さ、生徒会で仕事してるのに、毎日毎日つまらない事ばかり言ってきて、だらしない事ばっかりしてる人間をなんで私が相手しないといけない訳?他に何を言えって言うの?」
「いや、そういうんじゃなくて、あいつからすれば」
「だから、なんで私が彼の事でそこまで考えて何かをしてあげなくちゃいけない訳?する意味がないよね?」
「だーっ、そーじゃないだろー。だから藤田の奴は気が引きたくてしてるだけであって」
「だから!そういうところで公私混同する人間を相手するのは嫌なんだってば!」
― ……あ、今なんか胸痛かった…… ―
空に視線を向けつつ一人でそんな事を思う圭史。
「お前、嫌っつっても仕方ないだろー、あいつはそうなんだから。ただ必死でアプローチしてんだから。だから俺はずっと前からどうにかしてやれって言ってんだよっ」
珍しく感情的に言い放った亮太の言葉。それに煽られるかのように美音も感情的に言い放つ。
「んな事分かってるよ!それに言われる前からこっちは何とかしてるんだから」
「分かってるって何分かってるって言うんだよ?!何をどうしてるって言うんだよ?!あいつはお前の事が好きなんだろーが」
「分かってるよ!そんな事くらい!トウの昔に!」
放たれた美音の台詞に、数瞬の間が空いて二人は同時に口にした。
「えっ?」
凝視する二人に戸惑いの色を浮かべる美音。
「な、なに?二人して」
「……いや、正直気付いていないんだと俺は思ってた」
「……俺も」
「……なっ、二人して人を何だと……」
美音がそう口にした時、栞と谷折がそこにやって来た。
「どしたの?なんか空気が異様だけど?」
あっけらかんと言った谷折に二人は疲れた顔を向けただけだった。
「あぁ、あの1年生徒会役員の子だろ? いっつも朝礼の時とか春日さんの事見てるもんな」
ジュースに口をつけながら谷折はさらりと言った。
「……谷折君も、私の事鈍感だとか思ってた?」
不安の色を隠せない顔で美音は訊ねた。
「……いやぁ、俺は別にぃー」
「お前、一人だけそんなつもりか」
真ん中に座る亮太が文句言いたげな目で言った。
「えー?だって俺はそんな事言った事ないよ?亮太が言ってたんだよ、あの鈍さは一級品だって」
「おまっ……」
何を言うんだよ!という顔で口にした亮太は、咄嗟に谷折を叩いていた。
「いたいなぁ。そんで、そうは見えないからタチ悪いって言ってたじゃん」
「……亮太。そう言う事をあちらこちらに言い回ってる訳?!」
美音から発せられた台詞と圧迫感に亮太の顔は引きつっている。
「それに瀧野にその話したら、知ってるって言ってたよ」
それにぎょっとした圭史は美音の視線を逸らす様にテーブルの端に目線を落とした。
「……瀧野くんまで……」
ぼそりと呟かれた声に圭史は身を小さくしていた。
それを見た谷折は笑顔を取り繕って言う。
「まぁいいじゃないですか。それだけ、皆春日さんには惑わされてるって事で」
「惑わすって、谷折君……」
困ったように口にした美音。
亮太はどこかむっとした様子で言う。
「じゃあ、谷折はこいつが始めから分かってるって言うのかよ?」
「うん、春日さんって、気付かないフリするのうまいんだよね。皆騙されてるけどさ」
それに今度は美音がぎょっとした。
それを目の端で捕らえた圭史は視線を美音に向ける。
「その根拠は何だよ?」
どこかむすっとした表情で亮太は訊いた。
「だってさ、春日さんは怖いとか近寄りがたいっていう話はよく耳にしてるけど、反対に話しやすいとかさばさばしてて一緒にいると楽しいっていう奴も多数でさ。その差は何なんだろうって思ったんだよね」
「……あー、見かけの問題じゃねーの?」
「でもさ、初めて目にした奴は皆同じ事思うだろ。で、見てて分かったんだけど、春日さんがキツク接する相手ってさ、勝手に妄想して変な期待抱いて近寄ってくる男共なんだよね。あからさまに下世話な顔してさ」
「あー、なるほど」
そう言った亮太の顔は本当に納得した顔をしていた。
それを思わず見つめてしまっていた圭史の視線に気づいて亮太はこほん、と咳払いをした。
「それに俺、春日さん本人にその話したことあるもん」
けろん、として言った谷折に、美音はひどく焦った顔を見せていた。
それを見ていた圭史は言葉を紡ぐ。
「どんな話でいつに?」
「えーと、あれは確か球技大会の」
「わーわーわー! た、谷折君、ケーキ食べない?私奢るし、ね?」
「え?ホント?」
差し出されたメニュー表を手に取り谷折はチョコケーキを頼んだ。
とり合えず安心して胸を撫で下ろした美音。亮太はぼそりと訊く。
「で、話の続きは?」
「いえ、ケーキに買収されましたので」
そう言ったきり谷折は静かに口を噤んだ。
「谷折、おまえー」
呆れたように口にした圭史に、亮太は言う。
「いや、こいつはこういうやつだ」
そこでずっと黙って話を聞いていた栞がようやっと口を開いた。
「もういいじゃない。その話はこれで終わりね。亮太も、わかった?」
にこり。と言われたそれに、亮太はどこか投げやりに言う。
「へーへー。わかりゃした」
圭史は何か言いたげな目をずっと美音に向けている。
それを分かっているので美音はぎこちなく目を向けずにいた。
「でも、藤田君って本当しつこいよね」
思い出したように言った栞の言葉に、美音ははっとしながら頷いた。
「う、うん、そーだよね」
「……なんか、最初はまだああでもなかったけどなぁ」
ぼんやりとした目で言った亮太。
「そぉ?最初からあんな感じだったよ?」
ストローをグラスの中で回しながら美音は言った。
「そーか? まー、藤田は春日といる男に牽制球投げてくるからな。俺も最初の頃くらった」
最後の言葉はため息混じりに吐き出した亮太。
「へぇ? 目悪いんじゃないあの子」
そんな美音の言葉を聞いて圭史は何とも言えない表情を浮かべている。
「お前もさ、イーかげん誰かとくっつきゃいーんだよ、そーすりゃあいつもちっとは大人しくなるんじゃねーの?」
背をもたれだらしない様に身を沈めた亮太の言葉。
美音はぐっとした顔をし、圭史は頬杖をつきながら黙っていた。
反応を見せるように素っ頓狂な声を上げたのは谷折。
「え?りょーちん、まだ知らないの?」
「何が?」
だるそうに口にした亮太の台詞に谷折は返す。
「二人、付き合ってるのよ?今」
美音と圭史を交互に指で指しながら言った。
「・・・・・・」
亮太は驚いたように目を開けたまま動きがなくなった。
そんな亮太の様子を圭史は横目で静かに眺めている。
微笑を浮かべた栞はグラスのストローを回しながら口を開く。
「まぁ雰囲気でそうじゃないかなぁとは思ってはいたんだけど、私何も聞いてないんだよねー。それも何で本人の口から教えてもらえないのかなー?」
それを聞いて忽ち表情を変える美音はうろたえながら言う。
「あ、別に隠してたとか言う訳じゃなくて、言うタイミングが掴めなかっただけで、それになんか恥ずかしくてー」
「へーーー?」
何か言いたげな目を向けながら栞はそう口にした。
「ごーめーんー」
栞の腕を掴んで必死に謝る美音だった。
突如声を出す亮太。
「あ、タニ、金よこせ」
「……あ、しまった」
顔を微妙に引きつらす谷折。皆は視線を注ぐ。
「約束だろーが」
「いや、俺今そんなに金持ってないし」
ごそごそとポケットから財布を取り出し、中を開けて見せる谷折の指は2つある札入れの一つに入れられていた。亮太はその指を外し、もう一方の札入れを覗き込んだ。
「お、あるじゃん。ちゃんと5千円が」
「ああ〜、せめて3千円とかにまけて〜」
「駄目。お前が自信満々に、瀧野が振られるに五千円っつたんだろーが」
「だって、あの時は〜」
亮太の台詞を聞いて、美音の顔は唖然とした顔から怒りに満ちた表情に変わっていく。
「亮太〜っ」
その低い声に谷折と亮太ははっとした。
「あんたってば、人を賭けにしたのね〜」
自然と二人は身を寄せ合い美音から遠のく様に椅子の上を移動している。
「賭けっつっても、もう大分前の話だって。なぁ?」
「そ、そうそう。たしか、5ヶ月くらい前……」
「へーーー?!」
細い目を向ける美音に、圭史は余裕の笑顔で口を開く。
「その勝った金でここ奢ってくれるって。な?溝口、そーするよな?」
それは殆ど強制だった。
「お、……おう」
亮太にはそう頷く以外なかった。
「でも、谷折」
「はい?」
「お前、俺が振られるのに賭けてたのに、世話焼いてたりしてたんだな」
「え?……あ」
今更気付いたような顔をする谷折に、美音も呆れたような顔で言う。
「谷折君って、バカがつくお人よし?」
「あ〜しまったー。……でも、いーんだ。俺、瀧野の事好きだし」
思いがけない告白に圭史は心底嫌な顔をした。
栞と美音は思わず声を出して笑っている。
「じゃ、俺そろそろ行くわ」
「あ、お迎え?」
「そ。栞はまだ残ってるだろ?」
「あ、うん」
「じゃあ明日な」
と言って亮太は席を立つと同時に伝票を持ってレジへと向かった。
「おーごちそうさーん」
「お迎えってなんの?」
顔を向けて美音に訊ねた圭史。
「妹の幼稚園のお迎えだよ。学校が早い時はいつもお迎え」
「へー」
そう声を出してから何気なく目を向けた先にある谷折の顔を見て圭史ははたっと動きを止めた。
物凄く不機嫌に固まった顔をしている。
その理由は、亮太が「栞」と呼び捨てにしているからだろう。
圭史は美音と栞に顔を向け何気なく訊いた。
「溝口と伊沢って名前で呼び合ってるよな。最初から?」
その台詞に栞ははたっと動きを止めた。そして、はっとしてすぐに口を開く。
「え?あ、小、中、高と一緒だから。小学校で皆下の名前で呼び合ってたからクセで。別に変な意味はないよ?」
その最後の言葉は谷折に向けられていた。
それでどうにか表情が和らいだ谷折だった。
美音と栞は二人で話が盛り上がっていた。
圭史はぼーっとして飲み物に口をつけている。
頭の中は違う事を考えていた。
いつからだったかは覚えていない。
亮太が美音と二人でいる時に会うと、亮太は必ず二人でいる事の説明を始めにしていた。
時折、自分に向ける意味ありげな視線と笑み。
その時、多分それはそう言う意味なのだろうと分かってはいたが、知らないフリをしていた。
美音の事を、あいつはこういうやつだから、といつも口にしていたのは亮太だけだった。
美音の事を分かっている様子を見せる亮太に、学校で一緒にいる時間が多いからだと思っていた。
亮太は圭史の前で、そんな素振りを見せた事はなかったから。
亮太と関わりができたのは2年になってから。特に実行委員会が始まってからだ。
多分、最初から亮太は気付いていたのだろう。圭史の思いの行く先を。
もしかしたら、知っていたのかもしれない。
美音が選ぶのは圭史一人なのだと。
そして、美音は気付いていたのだろうか。亮太の気持ちに。
ふと美音に目を向けると、笑顔で栞と話している。
その表情にいつもと違うものは見られない。
圭史の頭の中に、さっきの谷折の台詞が浮かんだ。
「うん、春日さんって、気付かないフリするのうまいんだよね。皆騙されてるけどさ」
― ……一体どこからどこまで気付いているのか。俺も騙されてるのかなー ―
「これ、本人がいないから言うんだけどさ」
美音と栞が話しているのを見て、谷折は小声で圭史に話してきた。
「いつだったかは覚えてないけど、大丈夫かなって話をしたら、亮太が言ってたよ。
相手が瀧野なら大丈夫だろ。あいつなら任せられるって」
「……へぇ」
その、信頼は何なのだろう。圭史には深く考えられなかった。
― ……つまらないところでヤキモキしてたら俺やばいかも ―
天井に視線を向けてから圭史は美音に目を向けた。
変わらず笑顔で楽しそうに話している。
― ほんとに、おモテになる事で……。……はぁ ―
人知れずのため息だった。
圭史は浅く座っていた椅子に座りなおすと頬杖をして心の中で呟いた。
― ……藤田、か。そう言えば、あいつは正面きって言ってきた事があったっけ ―
そんな事を思いながら、頭の中には今まで色々と美音を疲れさせてきた出来事を思い出していた。今日だってそれで涙を見せていたのだから。
― ほんと、いい加減にして欲しいよな ―
そう心の中で言った圭史の目は強い光を燈していた。
「俺、スポーツショップ寄るけど?」
店を出てすぐの所で谷折は圭史に言った。
「あー、俺も見たいのあるから行くよ」
「伊沢さんと春日さんは?」
「あ、私はもう帰らないといけないから」
申し訳無さそうに笑みを浮かべて言った栞。続けて圭史が美音に言う。
「一緒にどう?」
「あ、他に、寄る所あるから……」
ぎこちない笑顔と共に言った美音を見て、圭史は大体察しがつき、意味ありげな眼差しを注いだ。すると美音はうろたえた表情を浮かべながら栞に顔を向け言葉を紡ぐ。
大方、谷折が話していた事を突っ込まれて聞かれたくないのだ。そんな顔をしている。
「いさちゃん、バスで帰るの?」
「うん」
「じゃ、私本屋寄るから途中まで一緒に行こう」
「うん、それじゃあまたね」
笑顔で手を振る栞に、谷折は嬉しそうな笑顔で手を振り返していた。
「……」
そんな谷折を圭史は眺めていて、二人の姿が大分遠くになった時に声を出した。
「谷折さ、告らないの?」
それを聞いて数秒の沈黙のうち、ようやっと意味を捉えて素っ頓狂な声を上げた谷折。
「え?!」
「……なんだよ、その反応は」
「あ、いや、……考えてない」
「……まだあの連中が言っていた事気にしてんのかよ?」
「まぁ、そりゃ」
「伊沢は見た目よりもしっかりしてるから大丈夫だと思うけど?あの春日がべたべた甘えてるくらいだし」
「……あー、でも、姉貴見てるから知ってるけど、女同士って陰湿なんだぞー?! あ、ダメ、俺そんなの耐えられない。俺のせいで何かあったら俺気ぃ狂う」
「……は、根性無しめ」
吐き捨てるように言った圭史の言葉に、谷折は表情を変え声を出す。
「なんだよーっ」
「まぁ、あれから半年は経ってるし、伊沢の気持ちが変わってないとは言えないしな。告っても振られるだろ」
「う、わー!ひでーその言い方ひでー」
「現実にはちゃんと目を向けろよ?世の中早々甘くないんだからな」
「う〜〜〜。……もしかして、あの時の仕返しか?」
「……仕返し?」
横目で谷折を見た圭史。そして、何の事を言っているのかすぐ思いつき口にする。
「……溝口って、そうなんだろ」
短いけれど深い意味のこもった台詞。谷折はそれを聞いてはっと真面目な表情になった。
「俺の事には敏感な所あるけど、谷折にはそんな事ないもんな」
視界に見える空を眺めながら言った圭史の言葉に、谷折は言葉を紡ぐ。
「あー……、あいつは自分の役回り分かってる奴だから。……だから、気付かないフリしてやって」
「……そっか」
谷折と亮太の間にどんな話がされていたのか分からない。だけど、圭史にそれを聞く気はなかった。いや、きっと聞いてはいけない事だろうから。
2005.09.09