時の雫-風に乗って君に届けば

§12 光が満ちるトキ


Episode 4 /12



 総会の日の朝、その日もいつものように圭史と美音は一緒に登校していた。
時間をお互いの口で確定しあっているわけではなくても、二人はいつも同じ時間の電車と車両にいた。その時間は他の生徒の姿も少なくて注目を浴びる事もない。
圭史の一日の始まりの穏やかな時間だった。
「明日の放課後なんだけど」
「うん?」
圭史の言葉に、美音は小首を傾げて見上げた。
それを目の端に捕らえながら、圭史はくすぐったい気持ちに駆られながら言葉を紡ぐ。
「谷折と、テニス部の卒プレとホワイトデーの何か買いに行くんだけど、一緒にどう?」
それに目を少し大きくしてから美音は前方に顔を向け少し悩んでいる顔をした。
「うーん……」
圭史の心臓は俄かに騒がしくなっている。
「行きたいなぁとは思うんだけど、私部外者だし、……ね?」
「うん、……そうだね」
心の中では思い切り落ち込みながら、それを表に出さないようにして圭史はそう答えた。
そう答えるだろうとは予測していたのだが、やはり現実にすると落ち込んでしまう。
必死で自分に言い聞かせながら歩いているうち、場所は下駄箱に変わっていた。
お互いが自然に離れて、靴を履き替えに行く。
中から上履きを出し下に下ろした所で聞こえてきた声に、圭史は手を止めた。
「春日さん、おはよ」
「……おはよ」
怪訝の色を隠せない美音の声に、圭史は目を向ける。

 圭史がいる反対側の通路近くが美音のクラスの下駄箱の位置だった。
美音が立っている向こうの通路に、いつもと変わらない微笑を浮かべた峯がいた。
 美音は挨拶をし終えてすぐに顔を下駄箱に向け靴を履き替えている。
そんな様子を見て峯はそこを静かに去っていった。

 圭史は脱いだ外靴を仕舞い終えた所で、ふと手を止めた。

 ― ……あいつ ―

言葉にならない思いが体中を駆け巡っていく。
それは美音と並んで教室に向かっている最中でも消える事はなかった。


今日は3時間目までが授業で4時間目は総会に当てられていた。それが済めば終礼をして下校となる。
その午後に体育の補講が行われることになっていた。先月に1週間ほど欠席した美音が出る事になっていたので、圭史は一緒に昼をとる約束をしている。
 3時間目が終わって、圭史は講堂横の通路に谷折といた。
「なんか余計な事聞かれたらどないしよ」
不安を隠せない顔でそう口にした谷折は、全く反応のない隣に目を向けてみて、口を閉じた。
圭史は不機嫌な表情で何かを考えており腕を組んでいた。
「……おい、何そんなに怒ってんだよ? 人の話、聞いてるか?」
それでも反応のない圭史に谷折は声を出す。
「瀧野! おーい!」
そこでやっと気付いた圭史は、ゆっくりと谷折に顔を向け、口を開く。
「……なに?」
「……。 おい、思い切り不機嫌な顔で聞き返すなよ。こっちはさっきから呼んでるのに」
「……悪い。で、なに」
「……いーよ、もう。 なんだよ、彼女と何かあったのか?」
その台詞に圭史は目線を少し伏せ、数瞬してから言葉を紡いだ。
「いや、それは何も問題なく」
「彼女と何もなくて、そんな顔するか?お前が」
「……。俺ってそんなに顔に出てる?」
「めちゃくちゃ。だから他の部員も、何か良い事あったんだ、とか、彼女できたんだとか色々言ってた」
「ほんと。じゃ、それ以外、普段は?」
「全然出てない。無表情に物事スマートにこなしていくよな。周りから見たらお前って厭味な奴だよ」
「……それなりに努力はしてるんだけど」
「知ってる。けど、努力してるとこあんまり見せないだろ。だから、周りは勝手にそう思うだけだよ。……で、その顔の理由は何?」
「……他の男が又ちょっかい出してきてな。知った奴だから、あんまり喧嘩腰にも出来ないし。いや、知らない奴でも早々出来ないけど。……それでだよ」
「……。ふぅん、お前ってもっと余裕って感じに見えるけどな」
「……んなもん、ある訳ねー」
「へぇ? お前ってもっと飄々としてるもんだと思ってたけど。何をそんなに不安になんの?」
「うーん、不安、ねぇ……」
圭史はそう呟いたきりまた沈黙していった。
話し出す気配のない圭史に、谷折は呆れたように息を吐いて壁に背をもたれた。
 美音の事に関してだけ不安をあらわにする圭史に、そこまで自信がないことに不可解さを感じる谷折だった。

 ― ……まぁ、そんだけ好きってことなのかな。ポーカーフェイスが崩れるくらい。……ベタ惚れなのは分かってるんですけどね ―

 横でそんな事を思っているとは知らない圭史は、言葉を零すように言った。
「何をどう考えたって、彼女がそいつらを選ぶとは思わないけどさ、なんか無性に心もとない気持ちになるんだよな。……なんでかな」
珍しい圭史の弱音に、内心意外に感じながら谷折は言う。
「……彼女が選んだのはお前だろー。俺が見てたって彼女の特別はお前だって分かるよ」
それに圭史は遠いどこかを見つめながら言う。
「……特別、か。……錯覚の間違いだったりして」
その声の重さに、谷折は返す言葉が思い浮かばなかった。
何かを思いつくより先に圭史が口を開いた。
「なぁ、俺って優しい部類?」
「……。お前はその顔が優しく見えるからなー。人懐こそうに見えてさりげなく冷たい奴だって。……けど、何だかんだ言って、優しいよ。基本的なところはな。冷たい時は恐ろしく冷たいの俺知ってるけど」

 本当は言葉にしていなかっただけで、心の中に不安はずっとあった。
美音は圭史の事を「優しい」というけれど、一体それはどこまでの事を言っているのだろう。実行委員になってからの今まで、その「優しさ」には自覚があった。
それは「特別」だと何度彼女に伝えただろう。
だけど、彼女にとって自分はどう思われてるんだろう。
確固とした言葉を、まだ何も貰った事はないから。
 意識されているのは分かるけど、果たしてそれは「本物」なのか。
今まで危ない所を助けてきたから、それで「錯覚」を生じさせているだけなのではないのか。
些細なことから不安が生まれ、不安が不安を生む。
気にしないようにしていた事だから、一度気にしてしまえば、それは留めようもなく溢れ出すのだから。

「……は―――」
圭史にしては深いため息に、谷折は眉を顰めた。
 講堂に移動してくる生徒のざわめきが遠い向こうのように耳には聞こえていた。
それからどれだけの時間が過ぎたのか、圭史には把握できてはいなかったが亮太の声に我に返った。
「なぁ、春日、見てないよな?」
珍しく亮太の顔に不安の色が見えていた。
「え? 見てないよ?なぁ?」
同意を求めるように谷折は圭史にそう言って来た。
「ずっとここにいるけど、見てないよ。3時間目は体育だから着替えに走らないとって朝言ってたけど」
「だったら、もう来てても良い筈なんだよなぁ。議長アイツなんだよ」
参ったように言った亮太は、誰かの姿が目に入った顔をし声を上げた。
「栞!ちょっと!」
それに思わずしかめっ面をしていた谷折がそこにはいた。
「なに?」
珍しい亮太の様子に驚きを見せながらも栞はそこへ寄ってきた。
「3時間目体育だったんだろ?春日は?」
早口で言う亮太に栞はきょとんした顔で言う。
「春日ちゃんなら授業終わってすぐ一番で着替えて走って行ったの見たけど」
「……荷物置きにか?」
「そこまでは……」
「……分かった」
首をかしげてから栞は講堂の中へと友人たちと入っていった。
「じゃあ、俺ちょっと見てくるよ。途中で春日のクラスの子にも聞いてみるよ」
圭史の言葉に、焦りを隠せない顔で亮太は口を開く。
「あ、悪い。頼む」
「あ、俺も」
もう走り出そうとしていた圭史に谷折は声を投げた。すぐに圭史は足を止め振り返って言う。
「部長は総会遅れる訳にいかないだろ。行ってくるよ」
あっという間に走り去ってしまった圭史を見て、谷折は呟くように言った。
「まぁ、なんてかっこいいのかしら」

教室に向かって走っている途中で、講堂に向かっている川浪達に気付いた圭史は、彼女たちの前で足を止め言葉をかけた。
「春日、まだ教室にいた?」
それに彼女たちは困惑したように口を閉じ顔を見合わせている。その中で、川浪だけが冷静に返答した。
「春日ちゃんは、更衣室から直で講堂に向かうって言ってたけど。教室には戻ってないはずだよ?」
それを聞いて、圭史の顔からそれまであった余裕の色が消えた。
「……、分かった。ありがと」
そう言うなり、講堂から更衣室に向かう道のりに足を向けて走り出した。



 3時間目、美音のいる1組と隣の2組は体育だった。
美音は授業が終わるとすぐダッシュで更衣室に行き一番に着替え終わるといの一番に飛び出していった。友人たちはそれに「はやっ…」と驚きの声をあげていた。
廊下を小走りに駆けて行く美音の行き先は2組の教室ではなく、普段はあまり通らない道を進んでいく。それは更衣室から真っ直ぐに講堂に向かっていたからだ。
角を曲がるとそこは、今は使われていない教材室があった。
「春日さん」
「はい?」
どこからか名前を呼ばれて、美音はピタリと足を止め振り向きざまに返事をした。
それはとても不意な事で美音は無防備だった。
その次の瞬間に身を襲ったのは、どん!という衝撃。
はっと息を呑み、声を上げる間もなく扉の開いていた教材室に押された美音はそこで尻餅をついている間に扉は閉められた。
がちゃん!という嫌な音と楽しそうな女生徒の笑い声。
何が起こったのか理解するまでの数秒の間に、笑い声は遠くなっていった。
「……、なに?」
尻餅をついたままだということに気付いた美音は、ゆっくりと立ち上がりスカートについた埃を払い落とすと小さくため息をついた。
そして閉められた扉に手をかけ開けてみようとするがビクリともしない。
思い切りの力をいれても鍵のかかっている音がするだけで扉は開く気配がなかった。
「……はぁ」
ため息を吐き、目線を落とした先に落ちている物に気付きそれを手に伸ばすとそのままポケットにしまいこんだ。
腕時計で時間を確認した美音は、焦った表情を浮かべると再び扉に手をかけた。
「無駄だよ。ここの鍵壊れてるから」
突如として飛んできた声に美音はぎくりと体を強張らせて驚きを隠せぬ表情で振り向いていく。
そこには、ソファの上で横になりブレザーを掛け布団代わりにし両腕を汲んで頭の下で枕にしている峯がいた。
「……な、んで……?」
峯はゆっくりと上半身を起こし、足を地に着けると美音を見つめた。
「さっきの子達は、僕に気付いていなかったよ。 春日さんは同性に敵が多いわけ?」
それは一見きょとんした顔にも見えたが、目は真っ直ぐと捉えて来ていた。
美音は視線をスッと逸らし周りの状況を眺めつつ言う。
「……さぁ? 好敵手じゃないことは確かだけど」
美音のその台詞に「ふっ」と笑みを溢す峯。
「ちょっとの間、ここでゆっくりして行きなよ。それであの子達も納得するでしょ」
「それは無理」
きっぱりと言い放った美音に、峯は少し片眉を上げたが顔は笑顔のままだった。
「だって出れないでしょ?」
「次は総会だから急いでるの」
「ふぅん。じゃ、総会が始まれば誰か探し回ってくれるんじゃない?」
美音の表情に陰りが見える。責任感の強い美音がそれを受け入れられる訳がなかった。
その部屋一体をくるりと見渡す美音を見て、峯は言い放つ。
「無理だよ。窓は全部固まってるから開けられないよ。女の子にはね。男が必死で開けてやっと外せるから」
その余裕の笑顔に、美音は何か言いたげな顔になっている。でも、口をきゅっと閉じて言葉を紡ごうとはしなかった。
「……誰も見つけられなくても、総会が終わる頃に出してあげるよ」
その台詞に美音はキツイ視線を向けずにはいられなかった。
「はは。 ……ずっと僕と一緒にいたって知ったら、どんな顔するかな」
楽しそうに言いながら、それでも、どこか違和感を感じるその目に、美音は気付いていた。
だが美音に口にするような言葉は浮かばず、ただ躊躇いだけがその顔に浮かぶ。
それを見た峯は笑みで目を細め言う。
「長い時間他の男といてさ、気にしない奴なんていると思う?」
その台詞に美音はただ峯の顔を見つめる。
「たとえ何もなかったにしろ、本人の意思とは無関係に頭は妄想するからね。男なら尚更。何もなかったって春日さんが言ったとしても、信用しきれるかな。瀧野」
その最後の言葉を口にしたとき、峯は至極笑顔だった。
「な、にを……」
それに峯はただにこりと笑みを向けただけだった。
美音の困惑を知っていて尚峯は言葉を続ける。
「それに、なんで瀧野なの?」
「そんなことっ!峯君にとやかく言われる覚えはないです!」
「春日さんも、瀧野が優しいからって言うの?」
「……優しいよ」
「まぁ、春日さんにはそうなのかもね。誰だって、男だったら好きな子には優しくするよ。下心があるから優しくできるんだよ。だってさ、瀧野って普段言うほど優しい奴じゃないよ。結構すました顔してる。春日さんが知ってる瀧野って本当の瀧野?」
美音の手にぐっと力がこもった。きゅっと閉じた口だった。
それに峯は楽しそうな顔して見下した感じがする様子で言った。
「もう今、付き合ってるんだっけ?」
「……」
「どの道、二人は駄目になるよ。二人を見てるとそんな気がする。こんな事が何度も続くの耐えられるの? ……瀧野も、もっと上手くやればいいのにね。女の子の扱いなんてそう難しいもんじゃないよ」
「……瀧野くんは、優しいよ。今はかなり、だけど。……でも、最初から優しかったよ。5年前も4年前も。それを峯君は知らないでしょう? 見た目よりも、思っていたよりも素っ気無いって人は言うけど、彼の優しさはさり気無いものだから、それに気付かない人がいるだけだよ。私は瀧野くんがそういう人だって、最初から知ってた。それを知らない子が、勝手にやっかんでるだけよ」
真っ直ぐと峯を見つめるその瞳には何の揺らぎもなく強い心意が見えていた。
「ふぅん」
それにはつまらなさそうな表情で答えた峯だった。
その後漂ったのは数秒の沈黙。それを先に破ったのは美音の方だった。
「もう時間がないから」
それだけ言うと、峯に背を向け辺りを見渡す。
そんな美音の様子を峯は「ふぅん?」と言った顔で眺めているだけだった。
見回していた顔を上方に向け、何かに気付いたように顔を止めた。
美音の見つめる先は、廊下側にある壁の上部に備え付けられている窓だった。半分開かれた状態になっている。
そして、机や椅子などをそこの下に運んでは土台を作っていった。床に転がったままのナップサックを手に取ると、顔はそれに向けたまま口を開いた。
「峯君はもしかして、瀧野くんの反応を面白がってるの?」
そう言ってみてから、美音は目だけをチロリと向けて峯を様子見た。
驚いたように目を大きくしている峯を見て、美音はくすりと笑った。
「あと、峯君からすれば、私は物珍しい小動物みたいな?」
「……」
一瞬何かを口に出そうとした峯だったが、思いとどまった様にすぐ口を閉じていた。
それすら目にしていた美音はくしゃりとした笑みを見せた。
「もし瀧野くんが峯君みたいな人だったら、私の事なんて見向きもしなかったと思うよ? 峯君も、本当はそうでしょ。気にしてる所は別にある。だから私の事なんて言うほど気になってない」
ナップサックから体操服の下を取り出した美音は、それをするりとスカートの下にはいてからスカートを脱ぎナップサックの中に入れた。
手を土台につけ安定性を確かめると、ひょいと身軽に昇っていく美音を見ていた峯は、「はっ」と呆れた様な笑みを溢してから声を出した。
「春日さんってフツーの優等生だと思ってたよ」
「よっと」と声を出して昇っていきながら、美音は言う。
「ご期待に添えなくてすみませんです。周りが思ってるほどおしとやかではないです」
立ち上がった美音は開いている窓からナップサックを放り投げた。それから窓を全開にし、足を桟にかけ見事な中腰状態で窓の枠に収まった。そこから下を見れば結構な高さなはずなのに、美音の表情は何一つ変わらない。
 余計なことを考えていられないくらいに時間は切迫していたのだ。
右手でしっかりその桟を掴むと、「せーの」と声を放ち飛び降りるように体を下ろし宙ぶらりん状態にして距離を縮めてから床に飛び降りた。
「よし。」
体操服からスカートに着替えてから、美音は講堂に向かって走り出していった。

 部屋に残ったままの峯は、数秒間呆然としていたが、糸が切れたように笑い出した。
「はははっ、確かにおしとやかじゃないよね。はは、参った。……ご名答、だ。春日さん」
余韻が残ったようにまだ少しの間峯は笑っていた。


 圭史は、不安に焦る心をその身に感じながら走っていた。
栞の言葉と川浪の言葉が頭の中で警報を鳴らしているようだった。
美音が仕事を放り出すような人間でない事を充分に分かっている。
取り乱してしまいそうな自分をひしひしと感じながら、美音の身を案じつつ圭史はいた。
廊下を進むうちに前方から聞こえてくる足音に圭史は祈る思いで顔を上げた。
「春日!」
その見えた美音の姿に圭史がそう言い終えた時には、美音はもう圭史の目の前にやって来ていた。
「あ、瀧野くん……」
圭史の顔を目にした途端、美音は晴れやかな笑顔を浮かべ圭史の腕に手を伸ばした。
きゅっと掴まれた制服の袖。それだけで、何かあったのだと察知できる。
全てを聞きたい気持ちだった。だけど、時間が迫っている現状には抗えない。
美音の手を、気持ちを込めるようにしっかりと握ると全てを込めて訊く。
「大丈夫?」
美音は肩で息をしながら圭史を見つめるとにこりと笑顔で言った。
「うん。 亮太、待ってるでしょ?」
「うん、焦ってたよ」
「だよね。ごめん、ダッシュで向かうから」
「うん、ちょっと待って」
いまにも走り出していきそうな美音にそう言うと、圭史は曲がっていた美音のネクタイを直して少し乱れていた髪の毛を軽く手で直してあげた。
「はい、いいよ」
「ありがとう。じゃ、行って来ます」
「うん」
美音の笑顔に圭史も笑顔を向けた。
 それからあっという間に講堂に走って行ってしまった美音。

圭史は堪らずその場にしゃがみ込み、足に肘を置いた腕で頭を抱えるようにして心の底から声を出した。
「は―――――っ」


 彼女は風のようだった。
その身に感じることが出来てもつかまえられない。
どんなに強く想っても彼女からの風を受けるばかりで……。
まるであの頃と変わらない、その状況に、窓の外に広がる空を圭史は遠い昔を思い返すように見つめていた。

2005.8.24