時の雫-紡がれていく想い Story20

零度の距離


§11-12

 緊急に召集がかかって急いで生徒会室に戻った。
でも、心臓はまだ余韻覚めやらぬ様子のまま。
……そんな私を亮太はじーと見てきていた。
「何?」
思わずそう聞くと、その目は他にも何か言いたそうにしているのに一言だけ言った。
「顔、赤いぞ」
「ここに来る前にもばたばたしてたから」
「ふぅん」
そう言って席に着く亮太に私は構わず椅子に腰を下ろした。
思わず深い息が出る。

 次、どんな顔をして彼に会おう……。

だけど、そんな事を考えられたのはその時だけだった。
その後からめちゃくちゃに忙しくなったから。
結局その日も会えずに帰路に着き、次の日も朝から仕事に追われ会えないままだった。

「よし、ぱーっと打ち上げするか」
久々に生徒会室に来た顧問の先生が唐突に言った。
私たちは疲れきった顔で机の上にだらけていた。それを見て、思い至ったらしい。
「え?するんですか?」
「意外にアクシデントが多発して大変だったみたいだからな。じゃ、お前ら最後の仕事、用意しろよー」
「うぃーっす」
と男子3人が立ち上がった。
 ……あ、じゃあ、瀧野くんに会えるかな。
あ、でも、練習あるし無理かな。ちょっとぐらい顔出すかな。
そんな事を思いつつ打ち上げの準備に取り掛かった。

 そして、私が打ち上げの場所となっている会議室にやっと行けたのは、握ったおにぎりを運んで行ったときだった。
「おにぎり作って来たよー、どうぞー」
そう声を出して入れば、すぐ同じ2年生の子達に呼ばれた。男子数人のグループに。
「春日さーん」
素直に返事をしてそこに行けば、彼らは笑顔で言ってきた。
「唐突な質問なんだけど、怒らないで聞いてー」
「え?なに?」
顔は笑顔で。最近、この手の話が多いなぁと思いつつ……。
「春日さんて、今付き合ってる人とかいないって話だよね」
「え?」
何でその話題?何も今じゃなくたって……。
返事できなかった。だって、昨日の今日の話で……。
しかも、付き合ってるって言っていいのか分からない。
「んでさ、良かったら、俺らのお墨付きでこいつなんてどう?」
え?何?そう思ってこわごわと顔を向ければ、皆が指すところに瀧野くんがいた。
え?何?試されてる?
思わずそんな事を思ってしまう。
だけど、彼の顔は凄く窮した顔をして向こうに目を向けている。
それで、彼も困っているのが分かった。
いや、だけど、そこで瀧野くんに黙られていたら、私は何と言ったらいいの?
「こいついい男だよー」
「え、……あ、……」
いや、知ってるから。なんてこと思っても口に出せないけど。
「俺たちもこいつなら納得できるし」
「……その、……え、と、」
な、納得って……。そもそも私が好きな人は、皆が指すこの人な訳で……。
それに、リアルタイムに昨日出来事が……。
なんていったら言いか分からない中、顔が勝手に赤くなっていくのを感じた。
どうしよう、心底そう思った時、そこに救いの声が!
「春日―、おにぎりちょうだーい」
その亮太の声にすぐさま逃げるように向っていった。
心臓はばくばく騒がしかったけど構ってられなかった。
「二個でも三個でもどうぞ!」
「お、おう」
いつもと違う気迫に圧される亮太だった。
ああ、本当に心臓に悪いよ……。

その後、恥ずかしくて瀧野くんがいる方向にさえ顔を向けられなかったんだ。
だって、昨日の今日だし、皆はあんなこと言うしで余計に意識してしまって……。
 会議室から出て生徒会室に行くのに廊下を歩いていたとき、前触れなく声が飛んできた。
「春日」
「は、はいっ」
物凄く驚いてしまってそれがもろに声に出てしまった。
けれど、彼は何も気に様子はなく隣に駆けてきてくれたんだ。なんか、それだけで嬉しくなっちゃうよ。
でも、外に出てきたって事は。
「練習、戻るの?」
やっぱり、もう行っちゃうっていう事だよね。
そう思ったら淋しさが突然広がった。
「うん、そーなんだけど」
予想通りの答えに自然と顔を下に向けてしまう。
もっと一緒にいたいっていうのが本当の気持ち。でも、打ち上げは彼の練習が終わるまでやっていないし、生徒会もそれが終われば片づけをして解散になる。
だけど、私の気持ちは収まらなかった。
「……練習、何時まで?」
「練習が5時半に終わって、それから雑用に追われて6時には終わるかなってかんじ」
「……あの、待ってて、いいかな……?」
そう言い出したものの、迷惑じゃないかな。そういう思いが広がっていた。。
「でも、時間の約束が出来ないよ?」
「うん、大丈夫」
彼の声は悪いものじゃなくて優しい声だったからそうはっきりと答えていたんだ。
「……じゃあ、生徒会室に終わったら来るから」
「うん」
嬉しくて笑顔で返事していた。うん、本当に嬉しかったんだ。


他のメンバーが帰った後も、一人で残っていたんだ。
在校生がやらなくてはいけない課題のプリント。それをしながら。
最初のほうは緊張しながらいたんだ。だけど、昨日今日と忙しかったせいか、時間が経つにつれ時計の音と共に落ち着いてきて眠気まで襲ってきた。
あまりの眠たさに「あー、これは駄目だ」と思ったから、応接室のソファでちょっと寝る事にしたんだ。
暖房が効いているから寒くはなかった。
ちょっとだけ寝たら起きよう、そう思いながら。

だけど、次目が覚めたら肩にかかっていたのは彼のウインドブレーカー。慌てて体を起こした。まさかと思って。
まさかはそのまさかで、彼はそこにいた。それで又寝顔を見られたのだと知る。
女の子にとって一番恥ずかしい、寝顔を見られる事。
彼の笑顔がそれを物語っている。
顔は何かを言うより早く赤面していた。顔の熱さにのぼせそうになるくらい。
「……ま、また。起こしてくれたらいいのにー……」
こんな時の彼はいじわるだと思う。その笑顔も。
「気持ち良さそうに寝てたから」
ちゃんと見たよ、というその台詞に堪らない気持ちになって、顔を両手で覆って声をあげた。
「も〜〜〜」
彼には敵わない。そんな思いが心に響いていた。

それから課題を引き続きしたという事はなくて、片付けてそのまま生徒会室を出た。
二人で歩く下駄箱までの道のり。何度も並んで歩いたそれを、今はなんだかぎこちなく感じる。何もなかったあの頃は平気で隣に並んで歩いて、他愛ない話をしていたのに。
 今はどうも緊張してしまって何も話せないでいた。
視界に入るのは、斜め前を歩く彼の肩ばかり。そうでなければ彼の足だった。
 一緒にいられる事に嬉しいと思う気持ち。心臓はどきどきと緊張の音を奏でている。
彼もそんな気持ちなのか、それとも私のそれが伝わっているのか、ふと静かに声を出した彼。いつもよりどこか照れくさそうな声だった。
「あの、さ、……」
「……ん?」
ふとすれば聞こえないんじゃないだろうかと思うくらいの声だった。
だけど、彼はゆっくりと言葉を口にした。
「……あの、手、繋いでい?」
そんな風に改めて聞かれたのは、多分初めて。
聞かれると何だか恥ずかしく感じてしまう。
「え、あ、うん……」
答えながら目は泳いでしまった。こんな時、手を差し出すべきなのだろうか。
でも、そんな仕草さえ恥ずかしいと思ってしまうんだけど。
指先にまで力が入ってしまう。緊張のせいで。
どんな顔をしたらいいのかも分からなくなっていた。
 そうしている間に、彼の手はすっと伸びてきて手を繋いでいた。
手に広がる、彼の温もりに心臓が小さくどきんと鳴る。
今の私には握り返す事もできなくて、変に入っていた力を抜く事が精一杯だった。
 今までとは違う、その特別な意味が心を浮き足立ててしまいそうだった。顔がゆるんでしまいそう。
 近い未来に、もっと自然に手を繋げられるようになっているといいな。

 すっかり日の落ちた暗がりの道。今まで数え切れないくらい通っている道。
彼とだからこんな道も特別に思える。これからの毎日が特別になるような、そんな予感。
そんな思いを胸に抱いていた頃だった。
「今日、打ち上げの時に連中に訊かれても、なんでだか言うに言えなかったんだけど」
「うん?」
何かな?と思って顔を向けたんだ。
彼は続けるように言った。
「その、次又訊かれたらさ、ちゃんと答えたいから、ここで言うんだけど……。……俺と、付き合ってくれる?」
……そう言われて、胸が高鳴った。頭の中では今日の打ち上げのときの事が思い出されていた。あの時、色々と一人で困惑していた。
相思相愛になっている訳だけども、「付き合う」という言葉が二人の間にあった訳じゃないから、「付き合っている」と言ってよいのか分からなかった。自信が持てなかった。次に繋がる約束をしていた訳でもなかったから。
あの時の出来事が今に繋がっているような気がして、必死で言葉をつむいだ。
多分、私の困惑を彼は察していてくれたのだと思う。
「あ、……はい……っ。私、その、こういう事に免疫ないから、困らせてしまう事とかあるかもしれないけど、……慣れるよう頑張るから……」
今の私の、精一杯の思いだった。昼間もずっと考えてた。
ポカやっていっぱい不快な思いをさせてしまうかもしれない。また何も言えなくなってしまうかもしれない。だけど、自分のことばかりを考えるんじゃなくて、彼のことを思えば今の場所よりも前進できると思うから。
「ありがとう。こっちこそ、嫌な思いとかさせてしまうかもしれないけど、その時でもいつでも何でも話して。その方が嬉しいから」
言った台詞に答えてくれた彼の台詞が、とても優しくて温かかった。
それが胸の中で広がっていく、その嬉しさは、目に涙が浮かんできそうなほど。
その思いに後押しされて、彼の手をぎゅうと握った。
「……うん、瀧野くんありがとう」
自然と口から零れた言葉だった。
 彼への想いは留めようなく溢れている。
こんな風に満たされた気持ちは初めてだった。

 だから、もう顔を合わせて口を利きたくないとも思っていた谷折君に報告できた。
彼と付き合ってるって。
 谷折君が彼の友達で、彼を心配していたのは事実で。そして、私を見て、不愉快な気持ちになっていたであろう事は確実で。
だから、彼に報告する義務があるかなって思ったんだ。
谷折君に声を掛けるとき、凄い躊躇いがあった。だけど、その後の反応を見て、本当に心配していたんだと知った。自分の思い違い、というか、思い込みに苦いものを感じて、今までの悪かった態度に、「ごめんね」とぽつり呟いていた。
その意味を、谷折君は分かっていなかったみたい。
……問われて本当のことは答えられなかったけど。


 放課後生徒会室では、総会に必要なものを揃えていた。
それぞれが仕事をしている中、谷折君と瀧野くんもその場にいたんだ。
 そこに、扉が開いて何気なく顔を向けた。
「あ、足立さん」
思わずそう名前を口に出していた。
素直に嬉しいと感じたんだ。総会の書類を纏めるのを一人でやっていたから、天の助けと思って。それくらい、大変だったんだ。
元々一つ年上の足立さんは生徒会の仕事の面でも頼りになる人で、1年生の頃は色々と教えてもらった。この人のことを純粋に先輩として信頼していた。
 どうやら、総会の準備を心配に思ってくれて様子を見に来てくれたみたい。
手にはお菓子とか入ったコンビニの袋を携えて。差し入れだって。
その後も書類作成を手伝ってもらい、資料を見に隣の書庫室に行った。
目当てのファイルを見つけて色々と確認を終えたときに、思わず笑顔で言っていたんだ。
「あのね、私、彼氏できたんですよ」
ニコニコと顔を向けている私を、最初の、ほんの一瞬だけ驚いた目で見た足立さんだった。でもすぐいつもの笑顔になって言ってくれた。
「良かったね。付き合いたいと思える人に会えて」
「はい」
「でも、春日さんが相手に選ぶ男子ってどんな子だろう」
考え込むような仕草でそう言っていた。
「ああ、生徒会室にいましたよ。実は」
「……まさか、溝口君じゃあないよね?」
「じゃありません」
思い切り怪訝な顔で言った足立さんに私はすっぱりと返したのだけど。
「そうだよね、うん。じゃあ、あの見たことのない方の子かな」
「谷折君じゃありません。もう一人の方です。瀧野くん」
「……ほんと」
「っていうか、見分けついてます?瀧野くんは実行委員ですけど」
「うーん、実はあんまり覚えてないかも。ごめんね」
「それは別にいいですけどー」
「で、どんな子?」
「仕事きっちりこなす人です。まぁ他にも色々」
にこりと笑顔でそう言ったら、足立さんは何かを察したように言った。
「まぁ申し分なさそうだねぇ。良かった良かった」
その後ろの言葉が、違う意味を成していることに気づいて聞いた。
「はい?何がですか?」
「身内モメがなくなって」
「……足立さん、それ他の人の前で言ったら怒りますよ?」
「おや、ちゃんと気づいてはいたんだね」
笑顔でそんな事を言う足立さんにジト目しか向けられなかった。
何食わぬ顔して何でもお見通しのこの人だったから。
 私だって何も分かっていない訳じゃない。
ただ、自分の立場をわきまえているだけ。

私の中で、いつも生徒会での不安材料は藤田君ただ一人だった。
最初から私への態度が違っていたし、初めのほうにでも告白みたいな事を言われた。
 だから、初めから、嫌悪感を抱いていた。
仕事だって適当で公私混同まっしぐらで褒めたところは何もない。
仕事に関していくら叱っても馬の耳に念仏。
こっちの方が、頭が痛くなってきそうで。
野口君一人がしんどい思いをしている。私たち現2年の生徒会の任期も残り僅かだというのに。この先、南藤の生徒会はどうなってしまうんだろう。考えたくはないその不安。

その後、生徒会室に戻ってお茶休憩を取ろうと用意していたら、戻ってきた野口君と藤田君。その彼らの話を聞いて、私は藤田君に頭にきたんだ。
相変わらずの藤田君のやる気のなさに。
私が怒って説教すれば、決まって言うのは「他人のせい」にする事ばかり。
自分から進んでする気のない言葉。ただその場にいるだけで満足しているような態度。
しまいには「じゃあ春日さん一緒にいてやってくださいよ」と言う。
その度に不快な気持ちが増していく。爆発するのが近い将来に見えているくらいに。
なんで、こんなにも公私混同するんだろう。
理由は正直のところ分かっているけど、生徒会役員として指導する立場なのだから。私は。
一体どうしてこんなところで頭を悩ませないといけないんだろう。
 その後、ずっと気分は滅入っていた。
……普通だったら、悩まなくてもいいことのはずなのに。
「……はぁ」
口から出るのはため息だった。
 そういえば、生徒会室での瀧野くんの様子もなんだかいつもと違っていたし。
なんか気を悪くさせることしたのかなぁ。
もっとも、藤田君のせいで場は険悪だったと思うから……。
 これ以上にないくらいに叱り倒して、びしばしともう一度仕事をやり直させて。
今日はそれで凄い疲れてしまった。用が終わって戻ったときには、瀧野くんと谷折君はいなかった。
それだけでも疲れが増したような気がしてしまう。
彼がいない事の寂しさで。
 体中、というよりは、心の疲れで足取りが重かった。
一人黙々と歩いて下駄箱に向っていたんだ。
他に生徒もいなくて。
なのに、俯いたままの視界に男子生徒の足が見えて、まさかと足を止めた。
顔を見れば、やっぱり瀧野くんだった。
彼の顔を見れただけでほっとしてしまう。
「待ってて、くれたの?」
「うん」
嬉しいと思う気持ちと、それでも心の中に残っているしんどさ。
「じゃあ随分待たせてしまったよね、ごめんね」
「ううん、ぼーっとしてたから時間は気になってないよ」
 校門を抜けた辺りでようやっと安心した気持ちになっていた。
何も特に喋らなくても、彼の空気で癒されてしまう。また明日から頑張れる、そんな気持ちになっていた。
だけど、彼は心配していたみたいで言われた。
「しんどい?」
「え?……あ、……あまりにも怒りすぎて、それでちょっと」
思い出したら気は重い。だけど、それは事実なのだから正直に伝えた。
話して嫌になる事を彼に言いたいわけじゃないけど。
そんな気持ちでいたら、彼の口から出た言葉は私にとっては意外だった。
「気分転換に寄り道して何か飲みにでも行こうか」
「あ、うん」
嬉しかった。まだ一緒にいられる時間が増えて。
そういう風に気を使ってくれる彼に心が満たされる。

 帰り道に寄り道する事。
それは夢だった。いつか好きな人と付き合う事ができたら……、そう思っていたことだったから。
瀧野くんの対応って凄いスムーズだから、時に感心させられるんだ。
座るときもそう。そっと奥のベンチシートに私を座らせて、自分は手前の普通の椅子に座る。そんな事にも胸はざわつくんだ。
彼にとって自分が「女の子」という事を確認させられる一コマでもあるから。
「そう言えばさ、下駄箱で足立さんに会った時に、仲良くねって言われたんだけど」
「え?」
その意味が何を表しているのかなんてすぐ分かる。
足立さんってば、何も彼本人に言わなくてもいいのに。
恥ずかしいじゃない。
自分でも顔が赤くなるのが分かった。
なんて言おうと思っていたら、彼が言った。
「だから、言ってくれたのかな、と思って」
決して悪い意味じゃない事は分かる。
ただ、恥ずかしい。
だけど、誤魔化すような事でもないし。
「……うん、書庫室、行った時に」
何をどう言った、なんて聞かれたら恥ずかしくてとても言えないけど。
とりあえず正直に答えておいた。
その後、何も言わない彼が気になって、様子を窺うように目を向けたんだ。
そしたら、にこりと微笑まれてしまって。
どきんと鳴った心臓に顔を伏せてしまった。
やっぱり私にはこんな時どんな反応したらいいのかわからないよ。
こんな私で嫌な思いさせてなかったらいいけど……。

 その後は、今一番の悩みの種を話していたんだ。
彼はさらりと訊いてくれて、そして、ゆっくりと話を聞いてくれていた。
問題が解決することはないけど、それでも話を聞いてもらえただけですっと胸が軽くなった気がした。不思議だった。
心の中にある悪いものを、彼が受け止めてくれているみたいに。
 現実問題を口にしていると、その時の辛い思いが思い出されて、泣きたい気持ちになっていたんだ。その時の私はテーブルの上に腕を置いてその上に顔を乗せていた。
そしたらね、彼がすいっと頭を優しく撫でてくれて、凄く嬉しかったんだ。
その手が本当に優しくて、どんな言葉よりも励まされていて。
彼の気持ちが本当に嬉しかった。
 時間を見て帰路に着いたんだけど、今日は自然と手を繋げていたと思う。
繋ぐ時は彼からすっと手が伸ばされていたんだけど、変に力も入らず、割と自然に繋ぎ返せていたと思うんだ。
その時の私は凄く胸が軽くて、彼と一緒にいられるこの時間が幸せだった。
手を繋いで帰る。そんな事も昔の私には夢だった。
付き合ったらこうしたい。っていうのがいっぱいあった。
昔の私はそんな夢があったんだ。いつの間にか忘れていたけど。
けれど、彼がそれらを次々と叶えていってくれてる。
そう思うと、顔は自然に笑顔が浮かんでいた。
きっと、これから、過去の私が願っていた事を彼は叶えていってくれるんだろうな。彼はそんな事知らなくても。
それはとても幸せな事に思えて、満たされた心に顔は勝手に笑みがこぼれる。
また今日みたいに話を聞いてくれて励ましてくれて。
私も彼の話を聞いて。
近い未来も、その先の未来も、きっとそんな光景が繰り返されていく。
どんな時も相手は彼で。その隣にいるのは私で。

ずっとこうして、彼の温もりを感じられる距離にいられる事を祈りながら目をそっと閉じた。
私の未来は彼に埋められる事を想いながら。

2007.8.10