時の雫-風に乗って君に届けば
§5 世界の表情が変わるトキ
Episode 2 /4
親睦キャンプ2日目。
午前中の工程を終えて昼食を皆でとった後、午後のレクレーションまで自由時間となっていた。
一人席を立って何処かへ行こうとする美音に、快は傍を離れず付き纏っていた。
色々と美音の事を聞いてくる快に、「部屋でゆっくりして来る」と言うと、寂しそうな顔を向けてから丈斗の所へ行き雑談に雑じっていった。亮太は薫の仕事に付き合わされ忙しそうに働いていた。
既に雑用を済ませていた美音は、そのコテージを一人で出ると、隣にある生徒会役員用の小さいコテージには向かわず、散歩小道へと足を進めて付近を散策していた。
暑いけれど、木々のお陰で空気が気持ち良い。
ここに来るまでの生活が、まるで夢のように感じるほど、心には穏やかで気持ちの良い風がそよいでいた。
そうして良い気持ちのままのんびり気ままに歩いていると、耳にはボールを打つ快音が聞こえてきた。
そのボールがテニスの硬式球の音だと気付くと、すぐさま美音はその方向へと足を向けた。木々のトンネルを抜けた先に、テニス部の練習風景が広がっていた。
美音が立っているその場所は、そこを展望できる高台になっていた。
ここなら眺めていても邪魔にならないだろうと、切り株に腰を下ろすことにした。
「あ、いた」
動き回っている部員を適当に見ていき、数人目で圭史の姿を見つけた。
ボールを追っている彼の姿は、いつもと違っていた。
美音に向ける柔らかい表情ではなく、凛々しい表情に真剣な目。
ボールを打ち返し、そして次の瞬間には走り出していた。
相手がそれに追いつけず、ラリーを終えてしまう事があっても、彼は全てのボールにラケットで返していた。
美音が見ていて暫くすると、コートには笛が鳴り響いた。
すると、圭史はボールを追うのをやめ、ゆっくりとコート脇へと移動する。
歩きながら、クラブメイトに笑顔で何か話し掛けている。
その笑顔も、普段の生活で見せるものとは違うもので、美音はすっかり見入っていた。
「・・・・・・・・・、あ」
フェンス脇に立った圭史が、自分に気が付いたように見えて、思わずそう口にしていた。は、と我に返った美音は、動揺したように辺りを見渡し何も無いことを確認すると、そろり、と様子を伺うように圭史に目を向けた。
―多分、気のせい、だよね―
そう思いつつ圭史を見ると、やはり自分の方を見上げている気がして。
「え、えーと」
と動揺しながらも、笑顔を無理矢理浮かべて手を小さく振ってみた。
―気付いているんだろうか……―
すると彼は小さく手を上げて返してくれた。
「やっぱ、気付いてるー……」
こんな所で眺めていた事実がばれた事に恥かしさを感じながらその場所を立った。
時間の事をすっかり失念していたのに気付くと、慌てて腕時計に目を向けた。
そろそろ戻らなくてはいけない時間になっていた。
自分が来た道に体の向きを変え、歩き出した。
数歩進んだ所で足を止めて今まで向けていた先に顔を向けた。
もう一度だけ圭史の姿を確認してから戻っていった。
まさか気付かれるとは思っていなかった美音は、いつもより賑やかになっている胸に手を当てながら歩いていた。
「あー、びっくりした……」
コテージに戻ると、待ちわびていたように快が声をかけてきた。
「どこ行ってたんすかー?」
「ちょっと心のリフレッシュと目の保養ー」
それ以上話す気はないと顔を一切向けず、美音は薫の横に座った。
「? 何それ?」
首を傾げる快だった。
夜のレクレーションが終わると、中央の大きいコテージに集まって皆雑談を楽しんでいた。
それぞれがジュースやお菓子を口にして、ゲームなどで交流を深めている。
快と丈斗は1年実行委員と仲良くやっていた。そこに薫もいた。
亮太は別のところでお喋りをしている。
他の委員会の責任者達と集まって楽しく雑談を交わしていた美音は、喉がからからに渇いたので冷蔵庫へと向かった。
−あ、オレンジジュース発見−
グラスにオレンジ色の液体が入った絵が描かれている缶を取り出し、開けてすぐさまゴクゴクと飲んだ。喉がいつもより増して渇いていたので、飲む勢いはすぐにやまなかった。
そして、口にした量全てが胃に送られてから、美音の動きは止まった。
−なんか、味へん−
そう思った次の瞬間、体中が物凄い勢いで熱くなっていくのがわかった。
「……え?」
戸惑いながら、缶に目を向けた。スクリュードライバー、と書かれている。
−お酒、じゃん、これ……−
誰がこんな物を持ってきているのだろう。そう思っている間にも、頭がくらくらしてきた。
−あ、……だめだ−
そう思うと、美音は残りを流しに捨て、蛇口をひねった。
缶をごみ箱に見えないように入れるとよろめきながら静かに外に出た。
この「まずい状態」を誰にも見られないようにする為に。
外は涼しかった。夜風が気持ちいい。今の美音はいつもよりそう感じていた。
扉を開け外に出ると、地面へと下りる階段には向かわず、横へと歩いていった。
−不覚だ。……先生のかな。それとも誰か持ってきてたのかな−
そんなことを思いながら、コテージの端へと歩いた。
そしてそこに腰を下ろすと、足をぶらぶらと揺れ動かした。美音の足が地面まで届かないほどの高さがあるので、何となくその感覚が心地が良かった。
次第に頭がふらついてきたので、腰掛けている所まで踵を上げ、膝を抱え込んで座りその上に顎を乗せた。
夏といえど、山の夜は涼しい。
それでも、顔の熱さは増すばかりで、ふわふわした感じに美音は支配されていった。
どれだけの時間が過ぎたのか、美音には分からなかった。
ただ、誰かがこのコテージに向かってくる足音は耳に届いていた。
コテージの玄関、数メートル手前でその足音は止まった。
端にいる美音の姿に気付いたらしい。
そして、足音は美音に近づいていき、手前でその音が止んだ。
その代わりに違う音が降り注がれた。
「……春日?一人?」
その声に美音は顔を上げた。
スポーツウエアを着た圭史がそこに立っていた。