時の雫-球技大会 亮太視点

素っ気無い態度


§9

グラウンドの、ソフトボールの試合会場に設けられている場所で、まだ前の試合が終わっていない頃のこと。
 亮太は見回りを終えて本部席に向かっているところにそれは起こっていた。
次の試合をするメンバーがもう集まり揃っている様子だった。次行われる試合は、4組と7組。7組といえば……、そう亮太が思った時の事だった。
7組の男子が突然声を放った。それを耳にして、亮太は足を止めた。

「なー、瀧野ってどいつ?」
それは凄く不躾な声だった。圭史が在籍する4組の男子の間に小さくも震撼が走った。
当の本人は聞こえていながらも我関せずといった様子でそ知らぬふりをしていた。
だが、他の誰かがそれに答えた。
「あそこだよ、右から2番目」
そうすると、やっかみとも取れる言葉が次々と飛んでくる。中には「春日さんと付き合ってるってホントー?」という声も。
だが圭史は何も言わない。何も反応を見せない。
そして、美音と付き合っているとしての下世話な質問がいくつか飛んできた。笑い声とともに。それには4組の生徒、いや、他のクラスの生徒も閉口した。
しかし、圭史は顔色一つ変えずに平静を保っていた。
圭史の周りにいる友人たちは表情を歪ませて顔を見合わせた。それにすら圭史は構わない。
「クラスが遠くて縁無いからってやっかんでんじゃねーよ」
4組の一人がそう言葉を放った。
「クラスが近いからって何の得があるって言うんだよ。お前らだってろくに相手されないくせに」
圭史当人外で話が繰り広げられていく。たまらず一人ため息を吐く圭史。
傍観している限りではそれは終わりそうに無かった。先ほどから次から次へと言葉が投げ交わされていく。
この場に美音が居たら、顔を赤くしてうろたえるであろう内容ばかりだった。
彼女はどうしても自分の存在価値が分からないらしく、こういう場面ではどう対処してよいか分からない。
どうしたものかと視線を上にし、いい加減やめさせないと後が悪くなると判断し「もうやめとけよ」と声を放とうとした時、違う方向から声が飛んできた。
「おいおい、やめとけよ」
そう言って入ってきたのは片岡だった。
その声に、圭史はちらりとだけ視線を向けた。だがすぐ何事も無かったような顔でその場に立っていた。
「あ、片岡君」
相手側の男子は見るなりそう声を上げた。
それだけで、クラスの中で片岡の存在が位置するところが検討つく。
「別にクラスがどこだっていーじゃん。たとえ急に挨拶したって、春日さんは笑顔で答えてくれるんだから。お前ら挨拶してんの?」
「いや、なんていうか恐れ多くて」
「じゃ、駄目じゃん」
「うーん」
「そいつだって、単に委員会絡みで話すようになっただけだろ」
片岡の目は圭史に向けられていた。それは上から物を言うような目つきだった。それに圭史の周りの人間がカチンと来たようだった。
「瀧野を他の奴と一緒にすんな」
「そーだよ」
「……」
周りがムキになって言い返すさまに無言ではあったが何ともいえない表情をする圭史だった。
「えーマジでデキてんの?」
不服そうな声が相手側から上がる。
「でも春日さんって誰とも付き合わないって……」
「いや、前は1こ上の先輩とか、同じ生徒会の奴とか」
「今は瀧野だって」
「単なる噂だって。アノ子は俺が目をつけてんの」
どこから来るのか分からない自信と共に言った台詞にその場を盛り上げるような声が7組から上がった。
圭史は静かに顔を向けていた。何も感情を浮かべていないその表情は冷めて見えただろう。
片岡はそんな圭史に目を向けると、数秒の沈黙の後口を開いた。
「……お前の、その醒めた顔が気に食わないんだよ」
そう言った片岡の目はある種の感情がこもっていた。それを圭史は察知しつつも口を開かない。
「ただの噂、なんだろ?」
挑戦的な目つきで言った片岡。
「……」
圭史は口を開く素振りも見せない。
 輪の外から様子を見ていた亮太には解かった。片岡の軽い告白のとき、誰かと「つきあっているのか」という問いに、美音は肯定も否定もしなかった。その真意を本当は確かめたくて仕方がないはずなのだ。
だが、何も話そうとしない圭史の様子に業を煮やしたのか片岡は口を開いた。
「……ふん、どっちでもいいけどな。俺がオトスつもりだから」
「……アドバイスしておいてやるよ。春日はそんな簡単な女じゃないよ」
その表情には余裕とも言えるものが浮かんでいた。片岡のように敵意とか感情を浮かべてはいない。
多分、片岡は、相手にもされていない、と感じたかもしれない。
「知ったような口ききやがって」
先ほどよりも敵愾心を強くして言った片岡。
「お前らより2,3年多く知ってるからな。大体把握できてるよ」
「だから何だっていうんだよ」
「別に。つまらないこと言い出すから言ってみただけだよ。知ったような、って言ったから知っている理由をただ述べただけ。それと、その自信に感服して、な」
目を細めてふっと笑った圭史。その飄々とした態度にその場にいた誰もが固唾を飲んだ。
「お前、目障りなんだよ。何かの時には横にいて当然って顔で。俺の邪魔すんなよ」
「邪魔、ね。してるつもりもないけどな」
余裕とも取れる笑顔を浮かべたまま言った圭史。けど、その目は普段と違うものだった。
その目で亮太には「相手にもされて無いくせに」という幻聴がその時聞こえていた。
「じゃあ、これからも邪魔するなよ。俺は本気で行くからな。……力づくでも」
最後の言葉は小声だった。だけど、圭史にはしっかりと聞こえていた。
「……俺がどんな立場でも、ふざけたことをしてもらう訳にはいかないんだよ。俺に正面きって定言するならな。春日も俺もお互いの親には認識されてるからな。俺とお前とじゃ端(はな)から重さが違うんだよ」
「は、そんなの知るか」
投げ捨てるようにそう言った片岡だったのに、圭史が今回は真正面に睨んでくるのを見て口を開いていた。
「……じゃ試合で俺らのクラスが勝ったら、俺に協力しろよ。お前が気に入るような行動でやってやるよ」
「ふーん。……こっちが勝ったらどうする気だよ?」
「おとなしくしておいてやるよ。お前の立場を立てて」
「そう。余計な手出しをしないっていうんならのってやるよ。学祭の時の延長でな」
「……っ、お前」
その時、初めて意地悪い笑みを浮かべた圭史だった。
初めからお前は迷惑がられているんだよ、という意が込められているそれに片岡は気づいた。
手をぎゅっと握ると毒々しく吐いた。
「つまんねーこと言ってんじゃねぇよ」
その時には前の試合は終わっていた。
圭史はすでに背を向けていて、自分たちのクラスが位置する場所に向かっていた。
その格好のまま、圭史はぼそっと放った。
「お前もな」
それを周りの友人たちだけが見た。圭史の鋭くて冷たい顔を。
 小さく息を吐いて表情を元に戻すと、普段の柔らかい口調で圭史は言う。
「……ったく、こんな賭けなんかしたって春日に知れたら、俺ら全員嫌われる可能性特大だぞ」
「……え?!そーなの?」
「……そうだよ。春日そういうの大がつくほど嫌いだから」
「ええ?!」
「ここにいる全員が黙ってることを俺は祈るよ」
その時浮かべたのはやわらかい微笑。
誰もが意識を寄せられるような、自然と意見を受け入れてしまう圭史の表情だった。
それに、その場にいた人間は素直に思っただろう。そして、そこにいた誰もが同じ事を思った。これは守秘義務がある、と。

 それぞれのクラスが定位置に行き、試合が始められる様子を目にして、亮太はその場からようやっと動いた。本部席に行く為に。
その時の様子からして、圭史は自分の存在に気づいていないだろうと亮太は推測した。
その後、圭史と顔を合わせても、別段普通どおりだった。
……だが、亮太はひっそりと思った。
分かっていて何事も無い顔をしているのか。ただ喰えない奴なのか。
そこまでは判別の仕様がなかった。ただ分かることは、この話を美音の耳に入れることは好ましくないということだった。
彼女の性格上、この事を知れば激怒して暫く一人でむくれているだろうから。

「……あいつは、参謀タイプだな」
生徒会室でぽつり呟かれた亮太の言葉。
「え?何の話ですか?」
傍に居た丈斗の耳に届いたようだった。亮太はいつもの顔で答える。
「なんでもねーよ。単なる独り言だ」
そして、黙々と仕事をしている美音に目を向けた。
−あいつらは本当、周りに騒がれるやっちゃなぁ……。しかし、あいつのああいう態度、春日は知らないのか?平気で優しいって言ってるもんな。……ったく、見せてやりたいよ。あいつの普段、本当に素っ気無い態度を−
「はぁ……」
亮太のため息の理由は不明だった。

2007.2.14


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